《ボクの小さなモデルさん》

 小さい部屋で僕は作業台に向かって毎日ある物を作っている。それはフィギュアの原型だ。

 オリジナルのフィギュアを作るのが学生時代の頃からの夢だった僕は今ではフィギュアの原型師として毎日充実した日々を過ごしている。……が一つだけ悩みがある。

 どうもポーズが上手く作れないのだ。

 今日も技術力を上げるため裸体のフィギュアを作っていた。


「……よし、出来た」


 今回のオリジナルキャラのフィギュアは上出来かもしれない。

 大きさは約15cmといったところだろう。

 僕は出来たばかりのフィギュアを手に取りあらゆる角度から見た。


「くそっ……」


 正面からだと可愛く見えるが横からだと少しおかしい。腕のポーズを間違えたみたいだ。

 僕はそのフィギュアをゴミ箱に投げ捨てた。

 何度作っても駄作ださくを生むだけ。

 集中力が切れた僕は布団に倒れこんだ。


「(少し休むかぁ……)」


 布団の上でゴロゴロしながらスマホゲームをやっていたが気が付くと窓の外は暗くなっていた。

 どうやらいつの間にか寝てしまっていたみたいだ。


「(腹減った。買い物めんどいしカップ麺でいいか)」


 キッチン棚からカップ麺を取り出し電気ポットのお湯をそそいだ。

 この時の3分は長い。

 静かな部屋で時計とにらめっこをしているとゴミ箱の方から“ガサガサ”と何やら音がした。


「(なんだ? もしかしてゴキ……)」


 僕はおそる恐るゴミ箱の中を見た。

 そこには動く肌色の物体が―――。


「いきなり捨てないでください!」


 その物体とは裸の小さな女の子だった。しかも話しかけてきている。

 まだ夢でも見ているのか?

 僕は自分のほほつねったが痛い。

 そして再びゴミ箱の中に目をやるとやっぱりいる。


「なにこれ……」

「なにってあなたが作ったフィギュアですよ?」

「フィギュア?」


 よく見ると確かにそれは僕がさっき捨てたフィギュアの原型だった。


「あの、ここから出してもらえますか?」

「えっ、あっ、うん」


 僕はゴミ箱からフィギュアを取り出し作業台の上に置いた。

 触った感じはいつも使うフィギュアの素材だ。


「裸だと恥ずかしいのでそこにある服貰えます?」

「服?」


 フィギュアが指した方を見ると練習のためかった人形の服があった。


「これか。ほら」


 僕は白いワンピースの服を取りフィギュアの少女に渡した。

 てかフィギュアなのに羞恥心があるのかってツッコみたかったが感情が渋滞していてそれどころでは無かった。


「ありがとうございます」


 フィギュアの少女はそれを着た。

 その姿は僕が作りたかったフィギュアそのものだ。


「あの、聞きたいことがあるんですが」

「ん? なに?」

「私の名前ってなんて言うんですか?」

「名前? なんで僕が知っているんだよ」

「だってあなたが作ったんですよ?」

「確かに……ん~、そうだな……」


 名前なんて考えていない。僕は辺りを見渡みわたすと漫画のタイトルが目に入った。


「ミュー…… うん、よし決めた。君の名前はミユだ」

「私の名前はミユ……えへへ」


 ミユはうれしそうだ。

 するとミユは辺りをキョロキョロし始めた。


「どうした?」

「いえ、なんだかこの部屋良い匂いがしますね」

「良い匂い? あ……」


 机の上には伸びきった麺があった。

 確実に10分以上は経っている。


「はぁ……勿体もったいないから食うかな」


 僕は伸びきったカップ麺をすすった。


「それにしてもなんで私が動けるようになったのか不思議ですよね」

「ミユの意志じゃないのか?」

「意志以前に考えることすら出来ませんよ? 元々はただのフィギュアなので」

「それもそうか」


 ミユは作業台の上にある物で遊び始めた。

 鉛筆を持って居る姿は愛くるしい。

 伸びたカップ麺を食べながらミユを見ているとあることを思いついた。


「ミユ。ちょっとこのポーズやってくれない?」


 僕はスケッチブックに描いてあるポーズを見せた。

 片足をあげ両腕を上げる喜んでいるようなポーズだ。


「こうですか?」

 

 ミユはそのポーズをやって見せた。


「これだ!」


 僕はミユをすぐにデッサンしなおした。

 苦手だった横からのポーズを見ると思っていたのより違う。


「まだですか? もう足が限界です……」

「もう少し! ……よし、いいよ」

「ふあ~」


 ミユはその場にくずれるかのように座った。

 僕はすぐにさっきのポーズを元にフィギュアを作った。

 黙々もくもくと作っているといつの間にか窓の外から朝日が差し込んで来ていた。

 ミユは作業台に置いてあったタオルを布団代わりにして寝て居る。


「よしこれで……」


 僕は出来たフィギュアを手に取りあらゆる角度から見た。

 それは納得のいくものだ。


「ふぁ~……僕も寝るかな……」


 僕は布団に倒れそのまま眠りについた。

 こんなに清々すがすがしい気持ちで寝るのは久々かもしれない。

 寝ていると何かが僕のほほを突いてくる。

 目を開けるとミユがのぞき込んでいた。


「あっ、やっと起きました」

「なんだ?」

「あの、他の服とかは無いんですか?」

「他の? その一着しかないが」

「もっと服装に力入れましょうよ」

「確かに服装が一番の壁か……よし、買いに行くか」


 僕はミユをポケットに忍ばせ服を買いに近くのおもちゃ屋に行った。

 店内に入るとミユはポケットから顔を覗かせた。


「うぁ~、いっぱいありますね」

「予算そんなにないから3着までな」

「分かりました。それじゃぁ――――」


 僕はミユが選んだ服を購入。

 服が想像していたのより高く、想定外の出費だ……

 すぐに家に帰るとミユは買った服に着替えた。


「どうですか?」

「この服だとシワはそうなるのか。勉強になるな」


 僕はすぐにスケッチした。

 買った服で色々なポーズをしてもらいそれを全部スケッチし再びフィギュアを作り始めた。

 その日から僕は毎日スケッチと原型製作に時間を費やし、作った物をSNSなどに載せた。

 そして何日かが経った頃、日頃お世話になっているフィギュア製作会社から電話が来た。


「はい、もしもし?」

「いつもお世話になっています。先日新しいフィギュアを製作することになったのですが原型を依頼してもよろしいでしょうか?」

「僕で良ければ」

是非ぜひお願いしたいのです。今回作っていただきたいキャラクターの資料をファックスで送りますのでよろしくお願いします」

「分かりました」

「それでは失礼します」


 またアミューズメントの景品かガチャガチャの小さいフィギュアだろう。

 10分後。僕は送られてきた資料を見た。

 その内容に自分の目を疑った。

 そこに描かれていたキャラクターは今大人気のアニメの主人公だ。

 しかも販売予定価格は万単位する大型案件だ。


「すごいですね」

「でもなんで僕に来たんだろう?」


 僕はパソコンを点けSNSを見た。

 するとそこには超有名原型師が僕の事を書いていたのだ。

 記事のタイトルは‟俺が認める原型師”と書かれていた。

 そこには僕が過去に作ったフィギュアから最近SNSに投稿したフィギュアまでが載っていた。

 あこがれの人に背中を押されたようですごくやる気が出てきた。


「よし頑張るぞー!」

「ファイトですっ」


 僕はその日から作業を開始した。

 ミユにポーズを手伝ってもらい徐々に形にしていった。

 何日が経ったのだろう? 大量の試作の中、僕は納得のいく1体をようやく完成させ依頼してきた会社に送った。

 もちろん1発OKをもらい契約が完了した。


「着色は専門の人がしてくれるらしい。完成が楽しみだ」

「そう……ですね」


 すごく浮かれているとミユの様子がなんだかおかしかった。

 もっと飛び跳ねたり喜ぶと思ったが何だか大人しく座ったままだ。


「どうした?」

「あの……なんだかさっきから思うように動かないんですが」


 ミユの動きはまるでロボットのようなぎこちない動きだ。 


「ポーズし過ぎて疲れたのか?」

「もしかして……。あの、希望のポーズありますか? 好きなポーズでも良いです」

「おいおい、無理するなよ。少し休めばきっと元気に―――」

「もう時間が無いんです」

「時間が無いって?」

「私にはなんとなく分かる気がします。ですからお願いです。最後にポーズの指示を」


 ミユの動きが徐々ににぶっている。何が起こるか大体分かってしまった。それ考えると胸が苦しくなり涙が出てしまう出そうになる。

 僕は涙を堪え、ミユに最後のポーズを依頼した。


「……それじゃ、最初の頃のポーズをお願い」

「分かりました」


 ミユは最初に作った時のポーズをとった。


「短い……間でしたけどありがとう……ござい……まし……た……」

「ミユ……」


 そしてそのままミユは動かなくなった。

 あれから数ヶ月が経った。僕の作った原型は高く評価され今度原型師見習いがつくことになった。


「もう夏か~。なぁミユ。今度また服買いに行こう。水着とかどうかな?」


 だがミユはもうただのフィギュア。喋ることも動くこともできない。

 ミユと過ごした日は短いが思い出はたくさんあった。

 それらを思い出しているとインターホンが鳴った。

 先日言っていたアシスタントだろうか?

 僕はドアを開けるとそこにはミユそっくりの少女が立っていた。


「えーっと、もしかして見習いの?」

「はいっ、今日からお世話になります。名前は――――」

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