《幸せのホタルイカ》

 俺は生まれ育った小さな島で親の跡継ぎのためホタルイカ漁や実家の飲食店手伝いをしている。

 高校を卒業してから漁の事や船舶免許を取るための勉強、飲食店での接客をする日々だ。

 漁のシーズンになると観光でホタルイカ漁を見に来る人の接客など結構大変だ。

 そんなある日、買い出しの帰り道俺より年下だろう少女が話しかけて来た。この辺りでは見たことない。格好からしてたぶん観光客だろう。


「あの、すみません。この辺りでホタルイカ漁をやっているって聞いたんですけど?」

「それならウチでやっているよ」

「漁に同行って出来ます?」

「ツアーあるよ。乗船枠はまだあるから飛び入り参加できるけど」

「良かった」

「それにしても珍しいな」

「何がです?」

「君みたいな若い子がホタルイカ漁に同行って。そんなに好きなのか?」

「えっと、好きと言うか探しているんです」

「何を?」

「幸せのホタルイカを」


 この島には古くから伝わる伝説がある。それは〝幸せのホタルイカ〟というものだ。

 本来ホタルイカは青く光るがごくまれにピンク色に光るホタルイカ居る。そのホタルイカに願い事をすると叶うというもの。

 でもそんなのはただの伝説だ。俺は漁をやっているがそんなのは見たこともない。


「あれってただの伝説だよ? 夢を壊す様で悪いけど子供の頃から漁について行ってるけど見たことないし」

「でもどうしても幸せのホタルイカを見つけたいんです」

「もし見つけたとしてそんなに叶えたい願いがあるのか?」

「探している人が居るんです」

「探してる人?」

「その人は私の命の恩人なんです」

「なんかドラマっぽいな」


 俺は嘲笑あざわらった。

 でも少女の瞳は本気だった。

 話を聞くと少女は昔この辺の海で一人遊んでいたとき浮き輪で沖に流されてしまったらしい。その時海岸まで泳いで運んでくれた人を探しているとか。

 俺は漁に出る時間を少女に伝えるとニコニコしてその場立ち去って行った。そんなに楽しみにしていたのだろうか?

 そして漁に出る日の早朝。日はまだ出ていない真っ暗な空の下で少女は指定した場所で待って居た。


「今日はよろしくお願いします」

「おぅ、漁の最中は危ないからあまりウロウロせず船内で待機な。ホタルイカ捕まえ引き上げる時呼ぶから」

「はい」


 漁船に乗り捕れるポイントへ向かった。そこまで大体10分ほどで着く。

 ポイントに着くと俺は親父と同じ漁師仲間と共に網を海へ投げた。

 漁を初めて30分間ほどが経った。


「よーしっ、一気に引き上げるぞ!!」

『おーっ!』


 網をあげるとたくさんのホタルイカが青く光っていた。


「おーい、ホタルイカ捕れたぞ」


 俺が呼ぶと少女は船内から出てきた。


「うわぁ~、たくさん居ますね」

「ピンクの光を放つホタルイカは見えるか?」

「えーっと……居ないですね……」


 少女は大量のホタルイカを見るがそこにいるのは全部青く光っている。

 普通ならこの景色に感動するが少女は暗かった。


「まぁ早々捕れないだろ」

「そうですね……」


 引き上げ終わり港に戻った後、俺は捕まえたホタルイカを巨大水槽に移していた。

 その時、一瞬違う色に光る何かが見えた。


「あれ今ピンクの光が見えたような……」


 まさかそんなはずはないだろう。でももしかして……

 水槽をよく見るとそこにはピンク色に光るホタルイカが居た。

 俺はすぐにそのホタルイカを別の小さい水槽に移し少女を探した。

 少女はちょうど港を出ようとしていた。


「おーい、君ちょっと待って」

「どうしました?」

「これを見て」


 俺は水槽に入ったピンク色に光るホタルイカを見せた。


「居たんですか!?」

「あぁ、さっきたまたま見つけたんだ。本当にいるんだな。始めて見たよ」

「綺麗~」

「ほら願い事するんだろ?」

「あ、そうでした」


 すると少女は首に掛けていたペンダントを取り出しそれを握るとホタルイカにお願い事をした。


「どうかあの人とまた会えますように……」


 俺はなんだかそのペンダントを見たことがある。

 そのペンダントとは半分に割れたかのようなデザインでそれの片方に合うのはこの世に一つしかない物だ。

 そう、その反対側は俺が持っている。

 でもそれをどんな経緯で持ったのかは覚えていない。

 俺は少女に聞いてみた。


「なぁ、そのペンダントって」

「これですか? これはツインペンダントって言う物なんです。ホントはもう片方あるんですけどどこかで落としてしまったみたいで。沖に流された後までは持って居たはずなんですが」


 それを聞いた瞬間俺の記憶にある出来事がよぎった。

 あれは確か中学生の時だった。俺は海で誰かと出会い別れ際このペンダントを拾ったんだ。いつかまた会えた日に返そうと思って今でも持っている。


「そうだ。思い出した」

「どうしたんですか?」

「これを見てくれ」


 俺は首に掛けてあったペンダントを取り出した。

 それを見た少女は驚いていた。無理もない。少女が探している人物はきっと俺なのだから。

 ペンダントを合わせてみるともちろんぴったり合った。


「それじゃあなたが……」


 少女は突然俺に抱きついて来た。


「お、おいっ」

「あの時は本当に……ありがとうございました……」


 朝日に照らされた少女の瞳には涙が輝いていた。

 それから数年後。俺はあの時の少女と一緒にホタルイカ漁に出ている。

 今ではお客ではなく妻として。

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