《不思議な飲み物》

 これからどんどん寒くなって行く季節はもうすぐ冬。

 私、春宮桜はるみやさくらは現在高校3年生。今まさに大学受験中なのです。

 今日も塾が終わり家に帰ったら受験勉強をしなければ……


「(疲れた~……家に帰ったら予習しないと)」


 私はいつものように独りで塾から家に向かって帰っていると家へ続く道が緊急工事で通行止めだった。


「(え~、ここ通れないとなると……)」


 私は遠回りして家に向かった。

 家の周りは狭い路地がある住宅地で行き止まりもあったりする。


「(寒い……)」

 

 薄暗く寒くなってきた。まだ秋だが夜は冬並みの寒さだ。近くに自動販売機が無いのか見てみると公園の中に明るい光が見えた。その光は明らかに街灯では無い。


「(もしかして)」


 私は公園に入りその光のもとへ向かった。

 そこにあったのは小さな古い自動販売機だった。

 これでやっと暖かい飲み物が飲める。私は商品を見た。


「(ホットココアとかは――――無い……)」


 商品レパートリーは栄養ドリンクのみだった。期待が外れたせいか急に疲れが出てきた。私はビタミンドリンクを1本購入した。


「(早く家に帰って温まろうっと)」


 私は小走りで家に帰った。

 家に着き、荷物を自分の部屋に置くとすぐに温かいお風呂に入って美味しいご飯を食べた。

 そして自分の部屋に戻り少し休憩した後鞄を開けた。


「(さて予習とテスト勉強っと)」


 私は鞄の中から歴史のテキストとノートを出した。その時、帰りに買ったビタミンドリンクの事を思い出した。


「(そういえばこんなの買ったっけ)」


 勉強を始める前にビタミンドリンクを一気に飲み干した。

 疲れていたのか不思議と飲み物はスッと喉に入っていった。


「(あれ……なんだか頭がスッキリしてきた)」


 なんだか疲れが取れた気がした。でもそんな急には……。

 私は歴史のテキストを開き暗記問題を覚えては答え合わせをしていった。

 するといつも以上に覚えられる。今まで苦手だった問題もすぐに解けた。


「(なんだかすごく頭に入る)」


 次々問題を解いて行った。まるで答えを最初から分かっていたかのように。

 そして次の日、塾では歴史のテストが行われた。


「それでは今から50分間テストを始める。それでは……開始!」


 講師の掛け声とともに教室で一斉に鉛筆を走らせる音が響いた。

 私も問題を解いて行った。でも昨日勉強したためいつもより出だしが良かった。難しい問題には時間をかけて考えることもできた。

 すると講師は「あと5分ー!」と言った。

 鉛筆を走らせる音は次第に静まり始めた。

 私は見直しも終わって余裕だった。

 そしてテストは終了。回収した後採点が終わるまで教室で待機していた。


「桜はどうだった?」


 話しかけてきたのは同じ高校に通う向日葵ひまわり。私と同じ大学を目指しえる親友だ。


「私はバッチリだったよ。向日葵は?」

「最後の問題に時間かかっちゃって見直しができなかったから不安~」


 お互いテストの感想や自信のある問題の答えを言いあった。

 休憩時間が終わりしばらくすると教室のドアが開き講師が戻ってきた。


「テスト配るから一旦席着けー」


 皆は席に座った。そして一人一人テストが返された。


「次、春宮」

「はいっ」


 私は席を立ちテストを受け取った。


「なかなかよかったぞ。頑張ったな」


 返されたテストを見るといつもより良い点数が書かれていた。暗記問題はほぼ間違い無しだった。

 その日の帰り道、私は昨日の公園に行きそこにある自動販売機で同じビタミンドリンクを買った。

 そして家に帰り勉強を始める前にそのビタミンドリンクを飲んだ。


「(よしっ!)」


 数学も物理も難なく覚えていった。

 学校や塾では友達からはほぼ毎日のように勉強法を聞かれたりした。

 でも私はビタミンドリンクの事を一切言わなかった。言いたくはないのではなく言ってはいけない気がしたからだ。まるで誰かに秘密にしてほしいと言われたかのように。

 それから私はビタミンドリンクを飲んで勉強をした。

 そしていよいよ大学の入学テスト当日。

 私は向日葵と受験会場である大学に向かった。


「うひゃ~、人多いね!」


 向日葵は辺りを見渡してテンションが上がっていた。昔から向日葵は緊張をほぐすためこういう場ではテンションを上げているらしい。

 入口で受験票と学生証を受付の人に渡すと受付の人がそれを確認し、確認が終わると自分が試験を受ける部屋が書かれた紙を渡された。


「受験会場は……1号棟の304号室だって。向日葵は?」

「私は1号棟の305号室だから隣だね」

「お互い頑張ろう」

「うんっ」


 私は向日葵と別れ自分の席に着いた。

 周りの席に座っている受験生は皆教科書やノートを開き時間ギリギリまで覚えようとしてた。模試ではかなりの良い点数を取った私だが本番に弱い。


「(緊張する……)」


 テスト直前私はバッグから昨日買っておいたビタミンドリンクを一気に飲んだ。

 いよいよテスト開始。午前と午後で全5教科が行われた。

 そして全てのテストが終わり教室を出ると向日葵が待って居た。


「向日葵、お待たせー」

「テストどうだった?」

「私は何とか出来たよ。英語がちょっと不安だけどね。向日葵は?」

「私もバッチリだったよ。あとは結果を待つだけって感じかな」

 

 外に出ると日が沈みすでに暗かった。


「もうこの時期になると暗くなるの早いね」

「寒いし疲れたから今日は早く帰ろう」

「だね」


 電車に乗り地元の駅に着き、駅前で向日葵と別れて各自帰路に着いた。

 その日、私は公園には寄らずそのまま家に帰った。

 それから数日が経った。

 しばらく勉強漬けだった私はここ数日頭を休めていた。


「(そういえば最近買ってないな。買いに行こうかな? ……あれ? 何を買っていたっけ?)」


 私は何かを忘れていた。毎日それを見て居たはず。思い出そうと考えていると家のインターホンが鳴った。


「はーい、今行きます」


 私は玄関の扉を開けた。そこには封筒を持った郵便配達員の姿があった。


「春宮桜さん宛ての書留です」

「ご苦労様です」

「失礼します」


 郵便局員がドアを閉めるとすぐに封筒を開いた。中には先日受けた大学からの手紙だった。もしかして合否の発表が来たのかな?

 部屋に戻り封筒を開けた。中からは数枚の紙が出てきた。取り出してみるとそこには大きく〝合格〟と書かれていた。


「やったーー!!」


 私は部屋で心の底から喜んだ。すぐに結果を向日葵に電話をした。


「もしもし向日葵? 受験結果来た?」

「来たよ。私は無事合格! 桜は?」

「私も合格だったよ」

「おーっ! また4年間一緒だね」

「うん、またよろしく」

「今から時間ある? 合格祝いでどこか遊びに行かない?」

「いいねっ! それじゃ今から向日葵の家行くよ」

「わかった。待ってるね」

「それじゃまたあとで~」


 私はすぐに向日葵の家に向かった。

 インターホンを鳴らすと向日葵が出てきた。


「いらっしゃーい。上がって上がって~」

「おじゃまします」


 私は向日葵の部屋に行った。


「ここに来るのも久しぶりなような気がする」

「ここ最近はずっと受験勉強で忙しかったからね」

「もう受験生じゃないって思うとなんだか足りなくなるよね」

「受験生って言えばあの噂知ってる? 夜、受験生の前に自動販売機が出るっていう」

「え? なにそれ。怖い話?」

「都市伝説的な物。なんでもそこに売っている飲み物を飲むと勉強が凄くはかどって受験が上手く行くって噂」

「飲み物? それって幻の水的な?」

「いろいろ噂あるけどよくわからない。でも場所なら聞いたことあるよ」

「それってどこ?」

「えーっとね、人が居ない薄暗い公園だとか。まぁそんなところ居かね行けどね」

「そう……」

「どうしたの桜? もしかして飲んでみたかったとか?」

「あ、うん。それがあったらこんなに勉強しなくてよかったかもね」


 やっぱり私は何かを忘れている気がした。でもなぜか思い出せない……なぜだろう?


「ねぇ、いまからどこ行く?」

「服買いに行こう。大学は私服だしさ」

「おっけー」


 私と向日葵は駅前のデパートに向かった。

 向日葵と一緒に服を見たり本屋で雑誌を読んだりした。買い物が終わった頃にはすで外は暗く、街灯には明りが灯っていた。


「それじゃまた明日ね~」


 そう言って向日葵は家に帰って行った。私も駅から家に向かって歩いた。

 道中今日あったことを思い出していた。


「(いろいろあって楽しかったな~)」


 私はなぜかいつもと違う道を歩いて帰った。この道は家に帰るのには遠回りのはずなのになんで?

 そのまま歩いて行くと何かに気が付いた。


「(……あれ? この道って確か……)」


 そこには昔からある公園がある。私はその公園につい最近まで来ていたような……でもこんなところ来る用事もないし。気のせいかな?

 私は家に戻りいつもの癖でつい勉強机に向かって座った。


「(あ、もう受験は終わったんだった。なにしてるんだろ私)」


 いつもの癖でこの時間に家に帰るとつい椅子に座ってしまう。

 勉強なんて今はやらなくて良いんだ。

 椅子に座り足を伸ばすとつま先に何かが当たった。


「(ん? なにか当たった気が)」


 机の下を覗いてみるとそこには茶色の小さい瓶が転がっていた。

 私はその瓶を拾った。その瞬間脳裏にこのビタミンドリンクの事が一気に過った。


「(これって……)」


 私は急いで家を出てその公園へ向かった。

 月明かりが照らす道をひたすら走り公園に着いた。


「はぁ……はぁ……」


 そのビタミンドリンクを買ったはずの自動販売機の所に来たがそこには何もなかった。

 撤去した後も無くまるで元から無かったかのようにその場所には草木が生い茂っていた。


「忘れていてごめんね。報告遅れたけど私、無事大学合格できたよ。それもこれも全部このビタミンドリンクのおかげなんだね。本当にありがとうございました」


 私は今はない自動販売機の跡地で一礼した。なぜか目からは涙が零れた。

 4月。私と向日葵は大学生となった。あの頃の瓶は綺麗に洗い今でも机の上に飾ってある。もしかしたらまたいつかどこかでこのビタミンドリンクに会えるかもしれないから。

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