第2話 冷酷伯爵の秘密と正体
「ひゃ、ひゃい!」
思わず声が裏返ってしまう。
もしかしたら、今ので私が動揺していることがバレてしまったかもしれない。
ど、どうしよう……
音もなく近付いてきたジェラルドが跪き、私の手を握ってくる。
イメージとは異なる紳士的な所作に少し驚かされたが、もしかしてこれは行為の前の儀式のようなものなのだろうか……?
妙な背徳感を感じるせいか、心臓がうるさいくらいに高鳴っている。
心なしか、ジェラルドの手も物凄く温かく感じ――いや、実際に熱い?
これは、まさか――
「……どうだ?」
「どうだとは、この回復魔術のことでしょうか?」
「それ以外に何がある」
私が想像していたアレコレについては、恥ずかし過ぎて口に出すことはできない。
聖女の修行で培った作り笑顔でソレを隠しつつ、正直に問いに答える。
「初歩のヒールですね。それも、かなり拙い」
私がそう言うと、ジェラルドは冷たい視線で私を睨みつけてくる。
一瞬殺されるかと思ったが、次の瞬間ジェラルドは目を伏せた。
「そうか。やはりな」
ジェラルドはヒールを止め、手を放す。
「独学でなんとかここまで使えるようになったのだが、限界を感じていたのだ。貴様を買ったのは、私が回復魔術を正式に学ぶためだ。ヴィオラよ、私に回復魔術を教えろ」
「……それは構いませんが、今独学とおっしゃいましたか?」
「そうだが、何か問題があるか?」
問題は……、多分そこまでない。
しかし、とんでもないことではある。
本来回復魔術とは、素養のある者が専門の技術を学ぶことで、初めて成立する魔術なのである。
優れた才能を持つ者であれば自力で治癒効果を発現することもあるが、技術も学ばず魔術として成立するレベルに達することはまずあり得ない。
そして、素養のない者にはそもそも技術が開示されることはないため、普通であれば独学で習得できる魔術ではないのだ。
私が見たところ、ジェラルドには回復魔術の素養がほとんどない。
それなのに、彼は少なくとも回復魔術をしっかり術として成立させていた。
才能、とは決して言えないだろう。
恐らくは、膨大な経験と努力の成せる
「戦場で、学ばれたのですね」
「そうだ。私は回復魔術を受ける機会が多かったからな。体で覚えた」
回復魔術を学ぶ際、実際に回復魔術を受け、感じ取るという体験授業も当然ながらある。
しかし、その程度で簡単に回復魔術を使えるようにはなったりしない。
もしそれを成すのであれば、それこそ何百、何千と回復魔術を受ける必要があるだろう。
つまり、この人は、それだけの――
「……何故、他の者から正式に回復魔術を学ばなかったのですか?」
「私は他人を信用しない」
成程、それで私を妻に迎え、そこから学ぼうしたというワケだ。
「ジェラルド様、これからは独学で回復魔術を学ぶのはやめてください」
「貴様が教えるのであれば、それでも構わない」
「教えます。ジェラルド様のヒールは変な癖がついていますので、それも矯正します」
ジェラルドのヒールは、拙いだけでなく変な癖がある。
それが出力を弱める原因になっている。
「わかった。では早速教えろ」
「……ジェラルド様には、まず術理を学んでいただく必要があります」
「……それは、座学か?」
「はい」
「むぅ……、わかった」
どうやら、座学はジェラルドの不得意分野のようだ。
そして、座学は私の得意分野である。
私はなんとなく勝った気分になりながら、ジェラルドの教育を開始した。
◇
ジェラルドの教育を開始してから、早一か月が経とうとしていた。
広い屋敷にも慣れ、今では気ままに色々な部屋を探索している。
そんな私が気になるのは、やはり降りるなと言われた地下である。
最初はどこから降りるかもわからなかったので気にもならなかったが、今は大体の当たりは付けていた。
書斎の隣の扉――あれがどう考えても怪しい。
以前試しにドアノブを握ってみたが、カギがかかっていた。
他の部屋はジェラルドの私室にすらカギがかかっていないので、間違いなく何かを隠している。
ジェラルドの噂の中には、子ども
もしかしたら、あそこには……
幸い、今日ジェラルドは外出している。
扉は開けられないが、鍵穴を覗いたり、耳を押しあてるくらいならしても問題ないだろう。
私は扉に近づき、鍵穴から中を覗き込もうと中腰になる。
う……あぁ……
「っ!?」
今、扉の向こうから、うめき声のようなものが聞こえた。
まさか、本当に、子どもを……?
実のところ、私はその可能性は低いと心の中で思い込んでいた。
ジェラルドは目つきが鋭くて怖いが、悪い人間ではない。
そんな彼が、子どもを攫うなんて考えられないと。
しかし、今聞こえたのは紛れもなく――
あぁぁぁぁぁ!
今のは、ほとんど叫び声に近かった。
この中では、何かとてつもなく恐ろしいことが行われているのかもしれない。
一瞬の迷い――、しかし私は決断した。
「はぁぁぁっ!」
自身に強化魔術をかける。
私は聖女として最上位の強化魔術を取得しているので、生身でも扉を破壊するくらいの力は出せる。
全身に最大限の強化を施し、体当たりで扉を突き破る。
その先はやはり階段になっており、私は勢い余ってそのまま転げ落ちた。
「いったたぁ……」
衝撃で目がチカチカとするが、強化魔術のおかげで大した怪我はない。
立ち上がり周囲を見渡すと、そこは広い空間になっていた。
淡い白色魔力灯で照らされたその空間には、いくつものベッドが並べられ、その上には子どもが寝かされている。
やはりここには、ジェラルドの攫った子ども達が――
「おねえちゃん、だれ?」
「っ!」
いつの間にか、私の足元に小さな女の子が立っていた。
すぐに返事できなかったのは、その子の耳が見慣れないものだったせい。
(まさか、エルフ……?)
尖った耳、それは座学で学んだエルフの特徴だ。
この国には存在しないハズの、亜人種。
一体、何故……
「私は、ヴィオラ。貴方は?」
「わたしは、うぃのな」
「うぃのなちゃん?」
「うん。ねぇ、いつものおじさんは?」
自分と似た響きの名前に親近感を覚えつつも、少女の言うおじさんという単語に色々な考えを巡らせる。
まず間違いなく、おじさんとはジェラルドのことだろう。
しかし、そうだとして、少女の口ぶりには敵意のようなものを感じなかった。
それはつまり、ジェラルドは彼女達を攫ってきて、虐待のようなことをしているワケではないということになる……と思う。
じゃあ、先ほどの叫び声は――
「貴様、何故ここにいる」
「っ!?」
身体がビクリと跳ね上がる。
背後から声をかけてきたのは、もちろんジェラルドだ。
一体どうやって、足音もなく私の背後に立ったのか。
「……死にたいのか?」
本気の殺気。
今まで感じたことのないような極寒の空気が、私の全身を包み込む。
私はさっき、最悪殺されることも覚悟してこの地下に降りたというのに、その覚悟をあざ笑うかのように恐怖がこみあげてきた。
「わ、わたし、は――」
「うあああああぁぁぁぁぁっ! 痛い! 寒いぃっ!」
「「っ!?」」
先ほど聞こえた叫び声だ。
それが聞こえたのとほぼ同時に、風のような速度でジェラルドが駆けていく。
少女――ウィノナもそれに付いていくように走って行くので、私もその後を追った。
「大丈夫か、今、治してやる」
ジェラルドの入った小部屋の中には、全身に包帯が巻かれた、犬系統と思われる獣人の子どもが寝かされていた。
……どう見ても重体だ。
恐らく手足は辛うじて繋がっているだけで、ほとんど千切れかかっている。
一か月の猛勉強で改善されつつあるジェラルドのヒールでも、絶対に助からない。
「代わってください! 私が治します!」
「触るな!」
「っ!? 何故!?」
「私は他人を信用しない」
「こんなときに、何を……っ!」
再び放たれる強烈な殺気。
身体が委縮しかけるが、今度は歯を食いしばって耐える。
「私は……、私は! 他人ではありません! 貴方の妻です!」
私はそう叫び、精神制御で恐怖を振り払う。
そしてベッドに近づき、獣人の子どもの胸に手を当てた。
「グレーターヒール!」
私の魔力が流れ込み、子どもの全身を巡る。
その光景にジェラルドは一瞬目を見張るも、すぐに私に冷たい視線をぶつけてくる。
「貴様、恐怖を感じないのか?」
「感じます。今も感じています。ですが私は、それに耐える
聖女の修行には、あらゆる精神負荷に耐えるというものもある。
こんな恐怖を感じたのは初めてのことだが、それでも気合と根性があれば大抵のことは耐えられるのだ。
「貴方が心の底で、まだ私のことを、他人として見ているのはわかっています。貴方は、きっと、自分以外の全てが信用できないのでしょう? ……ですが、それにも無理が来ていた。だから私を妻に迎え、回復魔術を学ぼうとしたのです、よね?」
「…………」
「だったらせめて、私だけでもいいから、人を信用してください! たとえ金で買われようとも、私は貴方の妻です! 聖女になれなかった私にはもう、貴方の妻であること以外に存在価値なんてないんですよ! 貴方にそれを認めてもらえなければ……、私は、死んだも同然なんです!」
多少の誇張は入っているが、この一か月は私にとって凄く充実した日々だった。
聖女の勉強から解放され、逆に教える立場に立ったのは正直新鮮だった。
少しずつだけど――、ジェラルドにも惹かれていた。
これが恋や愛かなんて感情かはわからないけど、少なくとも大切な何かだってことくらいはわかる。
もしこの思いを……、妻という関係を失えば、私にはもう何も残らない。
他人扱いされるのも、ここで殺されるのも、私にとっては一緒なのだ。
だからせめて――、後悔しない道に進む。
「ハァァァァァァッ!!!」
渾身の魔力を込め、グレーターヒールの光がゆっくりと消えていく。
獣人の子どもの血色は戻り、手足も全て繋がった。
怪我をする前よりも健康にした自信すらある。
「……っ! こんな、馬鹿な……、戦場でも、ここまでの回復魔術は見たことがないぞ……」
「これが、聖女を目指していた者の、実力というやつです……」
息も絶え絶えだが、まだまだ魔力は残っている。
「さて、他にも怪我人はいるのでしょう? どんどん治していきますよ!」
私が気合を入れて笑って見せると、ジェラルドはポカーンとした顔をしていた。
今まで見たことのない面白い顔が見れたので、気合を入れた甲斐があったというものだ。
◇
ジェラルドは、私にあの地下施設の秘密を語ってくれた。
大体予想はついていたが、戦災孤児や解放奴隷などの傷病人を引き取って面倒を見ていたらしい。
この国――ステラには亜人種に人権が存在しないため、相当酷い扱いを受けていたようだ。
あの下手糞なヒールでその被害者全てを治療していたというのだから、逆に凄いと感じてしまう。
ジェラルドのヒールに歪みがあったのもそのせいだろう。
回復魔術の基本は、まず相手の自己治癒能力を高めることにある。
それをすっ飛ばして怪我だけを治そうとしていたのだから、歪みが生じるのも無理はない。
「もっと早く、貴様を頼るべきだった」
子ども達の中には、残念ながら助からなかった子もいた。
確かに、もっと早く私に頼っていれば、救えた命もあったかもしれない。
でも、それはやっぱり難しかっただろう。
……病んでいたのは、この人も一緒なのだから。
ジェラルドはその後、少しずつ私に心を開いてくれるようになった。
今では私を貴様と呼ぶこともほとんどなくなり、ちゃんと名前で呼ぶように成長している。
「ヴィオラよ、何故お前は聖女になれなかったのだ」
ジェラルドが、私の膝の上に頭を乗せながら尋ねてくる。
「私に資質がなかったからですよ」
「資質とはなんだ?」
「結構曖昧な概念なんですけど、陽の気というんですかね……。人を幸せにしたり、明るくできるような人が選ばれやすいみたいです」
「ならば尚更おかしいだろう。ヴィオラが聖女になれないハズがない」
「……そうですね。今の私なら、聖女になれたかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「私も、成長したということですよ」
使命感に駆られて生きてきた私には、人に尽くしたい、守りたい、愛したい、そんな感情が抜け落ちていたのかもしれない。
だから私は、聖女に選ばれなかった。
……まあ、今となっては選ばれなかった原因を考えても仕方のないことだ。
「よくわからんが、私にとってはヴィオラこそが唯一の聖女だ」
「そう言ってくれて嬉しいですよ。私も、貴方の聖女でいられたら、それでいいです。……あ、今のは訂正します。あの子達を含む、私の家族の聖女でいたいです」
亜人種の子ども達は、怪我や病気も治って元気に過ごしている。
元気過ぎて、そろそろ地下では面倒を見きれなくなりそうなくらいだ。
人族に恨みを持っている子もいるけれど、他の子達の熱心な説得で徐々に打ち解け始めている。
みんなを本当の家族と呼べる日が来るのも、そう遠くないかもしれない。
……そうだ、家族で思い出したけど、私の両親達は今も私のことを心配しているハズだ。
「ねぇ、ジェラルド。今度、私の両親に会ってくれないかしら?」
「ヴィオラの両親になら前にも会っただろう」
「ううん、今の私と一緒に、もう一度会って欲しいの。伝えたいことがあるから」
お父様、お母様――
私は今、とっても幸せですよ。
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