とある聖女達の恋物語
九傷
ヴィオラ・マーキュリーの章①
第1話 聖女になれなかった私、冷酷伯爵に売り飛ばされてしまう
私の名前はヴィオラ・マーキュリー。
マーキュリー男爵家の長女で、今は聖女候補生という立場だ。
聖女候補とは、その名の通り聖女の候補という意味であり、聖女になるための学校の生徒なので聖女候補生と呼ばれている。
この国――ステラにおいて聖女とは国家資格であり、もし取得することができれば様々な恩恵を享受することができる。
聖女学校へは身分を問わず通うことができ、もし平民が聖女になれば準貴族扱いとなるため、平民の女児であれば誰もが憧れる資格と言えるだろう。
しかし、貴族からすればそれは恩恵になり得ないため、わざわざ聖女を目指す者は限りなく少ない。
……つまり、男爵家令嬢である私が聖女学校に通っているのには、深いワケがある。
いや、深くはないか。結論から言ってしまえば、我が家は現在経済的に厳しい状況になっているのだ。
マーキュリー家は長くから続く男爵の家系だが、それはつまり長年男爵止まりの家系とも言える。
普通の貴族は、長い歴史で功績を立て徐々に爵位を上げるか、没落して無くなるかのどちらかなのだが、我が家はギリギリなんとか男爵に踏みとどまり続けたのだ。
しかし、それも当代でいよいよ限界を迎えつつある。
そこで、父ウォーリー・マーキュリーは賭けに出ることにした。
それが、「長女である私を聖女に仕立て上げる」という博打である。
生まれつき、私には回復魔術の素養があった。
そこに父は、一縷の望みを見出したのだろう。
回復魔術の才能があったからといって聖女になれるワケではないが、少なくとも素養のない者よりは可能性がある。
ということで私は聖女になるための様々な教育を施され、仕上げに聖女学校に放り込まれたのであった。
「い、いよいよですね、ヴィオラさん」
「そうですね、シトリンさん」
私の隣でソワソワしている彼女は、シトリンという名の可愛い三つ編み少女だ。
家名もない平民ではあるが、学内では一番の親友と言える存在である。
そんな彼女が何故ここまでソワソワしているのかというと、いよいよ今年の聖女がこの場で選出されるからだ。
聖女は毎年、最高学年生から5人選出される。
ここで聖女に選ばれなければ、聖女になる道はほぼ閉ざされると思っていい。
私のように、聖女になるために全てを賭けてきた人間にとっては、まさに天国と地獄の分かれ目である。
「ヴィオラさんは、こんなときも冷静ですね……」
「そんなことないですよ。私も内心ドキドキしています」
ドキドキなどという生易しいモノではない。もう、爆発しそうである。
外見は平静を装っているが、中身は暴れまわるサラマンダーのような状態だ。
『それでは、今年選ばれた聖女を発表する!』
「はぁ……」
枕に顔をうずめながら、30回目のため息をつく。
涙でびしょ濡れの枕は通気性が悪く、非常に息苦しい。
それでも私は、枕に顔をうずめ続ける。
(私の捧げた15年は、なんだったんだろうな……)
恐らくだが、生まれてから1年くらいは私も普通に貴族の子として育てられたのだと思う。
でも、1歳くらいにはもう、聖女としての教育が始まっていた。
それくらい人生を賭けていたというのに……、私は聖女に選ばれなかった。
聖女に選ばれたシトリンは、何故
確かに私の方が回復魔術の腕も、礼儀作法も、学術も、気品も、その他色々なものが上だったのは間違いないだろう。
しかし、それではダメなのだ。聖女として何よりも重んじられるものは資質なのである。
その資質が、私には著しく欠けていた。
「はぁ……」
31回目のため息をつく。
家に帰ってきてから、もうずっとこの状態である。
こんなあり様で、よく笑顔でシトリンを送り出せたものだ。
あのときの私だけは、よくやったと誉めてあげたい。
コンコン
32回目のため息をつく前に、部屋のドアがノックされる。
「入るぞ」
そう言って部屋に入ってきたのは、父ウォーリーであった。
「お父様……」
「ふさぎこんでいるところ済まない。しかし、これからのことについて話さなくてはならないのだ」
そうだった。
我が家は没落の危機にあり、それを防ぐために私を聖女にしようとしていたのだ。
私が聖女になれば、国や教会から支援を貰えることになる。
さらに、聖女を輩出した家として名を馳せることとなり、家格も上がる。
それらの目論見が、私が聖女になれなかったことで水泡に帰したのだ。
私の責任は……、重い。
「……申し訳ございません。私が至らなかったばかりに――」
「いや、それについては残念だが、選ばれない可能性があることも重々承知していた。こればかりは、ヴィオラが謝るようなことではない。私の方こそ、お前に辛い思いばかりさせて、悪かったと思っている」
「お父様……」
この家で、誰よりも私に期待していたのは父だったハズだ。
それなのに、私を責めないどころか、謝罪をしてくるなんて……
正直なところ、私は父に愛されていないと思っていた。
父にとって私は道具であり、それ以上の感情は持っていないと。
でも、違ったのかもしれない。
父は父なりに、私のことを大切に思ってくれていたのだ。
そう思うと、絶望の闇に包まれていた心に、光が差したように感じられる。
「……お父様、私は聖女にはなれませんでした。しかし、学園で磨いた回復魔術の腕には自信があります。この力を医療方面に役立てれば、きっとマーキュリー家の力になれると、思います」
聖女になれなかった者の目指す道としてはポピュラーではあるが、私の回復魔術の腕は既に医療業界においてもトップクラスだという自負がある。
この技術を活かせば、軍医などの高い治癒能力を要求される現場でも重宝されるだろう。
そうなれば、マーキュリー家の名を上げることも夢ではないハズだ。
「……お前の気持ちは嬉しい。しかし、もう時間がないのだ」
「そんな……」
「だが、一つだけ方法が残されている。話とは、そのことについてなのだ」
◇
「ようこそ、ヴィオラ・マーキュリー。いや、もうヴィオラ・プルートーだったな」
そう言ってプルートー伯爵――ジェラルド・プルートーは、私を屋敷に招き入れる。
マーキュリー家とは比べ物にならないほど大きな屋敷……、今日からここが私の家になるのだ。
「ヴィオラよ、今日から貴様は私の妻となるが、妻らしい振舞いなどはしなくていい。この屋敷も自由に使って構わない。……ただし、地下には降りるな」
自由……
今まで自由に生きてこなかった私にとっては、命令されるよりも難しい生き方だ。
「わかりました。しかし、一つお願いがあります」
「……なんだ?」
「何か、仕事をください」
「そんなことか。当然、仕事は用意している。そのために、私は貴様を買ったのだからな」
そう、私は買われたのだ。
この男、ジェラルド・プルートーに。
この男は、私に一体何を望んでいるのだろうか……
追って連絡をすると言われ、私は用意された私室で待機することとなった。
綺麗な部屋だが、一人部屋にしては広すぎて、少し落ち着かない。
(ジェラルド……、噂通り冷たい感じはするけど、あまり怖くはなかったな……)
ジェラルド・プルートーは、一代で伯爵まで上り詰めた男である。
戦場で名を上げ、その武功のみで伯爵になったというのだから凄まじい話だ。
年齢は30代のようだが、そうは見えない若々しさを感じた。
混じりのない漆黒の髪で、髭も薄いせいだろうか?
氷血鬼――ジェラルドは戦場でそう呼ばれているらしい。
なんでも、大量の血を浴びながらも冷酷無比に敵を殺し続けたその姿から、
他にも、味方殺し、子ども攫い、人喰いなど、色々な逸話を父から聞かされた。
父としては、それだけ危険な男だから、いざとなれば逃げだしてもいいと伝えたかったのかもしれないが……、正直聞きたくなかった。
私はジェラルドに買われてこの家に嫁いできたのだから、もし私が逃げだせばそれが水泡に帰すことになる。
マーキュリー家のことを考えれば事実上逃げられないし、そもそもそんな男から逃げられるとは到底思えない。
だったらせめて、何も知らずに嫁いできた方が、少しは幸せだっただろう。
することもないので、私はベッドに寝転び先ほど
ジェラルドのような男が私を買う理由とは何か?
伯爵であれば、私などよりもっと価値のある令嬢を選ぶことができただろうに……
いや……、そうでもないのか。
あれほど危ない噂の付きまとう男に、わざわざ娘を嫁がせたいと考える家は少ないのかもしれない。
政略結婚と言えど、娘に危険が及ぶと考えれば、普通は他のもっと良い物件を探すだろう。
ジェラルドが選べたのは、私のような問題を抱える家の娘だけだった――、という可能性は大いにある。
……しかし、ジェラルドは先ほど、仕事のために私を買ったと言った。
つまり、私自身に何か目的があって、わざわざ大金を出したということになる。
まさか、性的嗜好を満たすため?
自分で言うのもなんだが、私は聖女になるために育てられたため、見た目についてはかなり気を使っている。
顔立ちについては生まれながらのものなので弄っていないが、容姿に対する評価は学年でトップ5に数えられていた。
淡いブロンドの髪は綺麗に手入れし、ふんわり柔らかく印象付けるよう整えている。
プロポーションについても、いつもシトリンに羨ましがられていたくらいには良い。
そんな私を、性的にアレコレするために妻に選んだという可能性は……十分ある気がする。
ということは、私に用意している仕事っていうのは、そういう――
「失礼する」
「っ!?」
ノックもなしにジェラルドが部屋に入ってくる。
連絡をすると言っていたから、てっきり使用人を寄越すのかと思っていたのに、まさかいきなり本人が現れるとは……
直前に考えていた内容も相まって、心臓がドキドキと高鳴っている。
「どうした、顔が赤いぞ」
「い、いえ、少しその、運動をしていたもので」
「そうか。ならいいが、体調を崩したのなら言え。急ぐ仕事でもないのでな」
「だ、大丈夫です。問題ありません」
そう答えて、少し後悔する。
もし私がさっき想像したような内容であれば、色々と準備ができていない。
私は物心つく頃からずっと聖女として育てられてきたので、貴族の娘として
せめて、少し勉強する時間くらい稼ぐべきだったかもしれない。
「では、早速始めよう」
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