シトリンの章①
第3話 見習い聖女シトリン
私の名前はシトリン。
平民で家名はないため、ただのシトリンです。
今私は、聖女見習いとしてサザンクロス大聖堂で働いています。
雑用をこなしながら、聖女としての技術や振る舞いを習っているのですが……、正直もう挫折しそうです。
私は聖女学校に通っていた頃から成績は中の下くらいだったし、貴族の生まれでもないから教養については落第点でした。
そのせいもあって今になってから覚えることも多く、学校に通っていた頃以上に勉強をさせられています。
それでいて求められることは増えているので、私はもういっぱいいっぱいの状態なのです。
さらに、先輩達や同期からの当たりが厳しく、精神的にも追い込まれています。
司教様達からは先輩達を見習えと言われているけど、あんな性格を見習うと聖女から遠ざかっていく気がしてなりません。
やっぱり、私にとって先輩と呼べる存在は、あの人だけ……
ああ、本当に、何故貴女は聖女に選ばれなかったのでしょうか?
ヴィオラさん……、貴女は今どこで、何をしていますか?
◇
今日も辛い一日だった。
聖女同士でのイジメなどあってはならないためギリギリで嫌がらせレベルにとどまっているけど、間接的にであればいくらでもやりようがあるので、恐らくそろそろ危ない時期だ。
この辛さは、聖女学校に入学した頃のことを思い出させる。
聖女学校の生徒はほとんど貴族だったため、平民は酷いイジメを受けるのだ。
その中でも鈍くさい私は格好の的で、危うく
ヴィオラさんは優しくて、カッコよくて、私は瞬く間に虜になってしまった。
それから私は常にヴィオラさんの傍にいるようになり、結果としてイジメはなくなった。
あの頃の私にとってはヴィオラさんと一緒にいることが全てであり、もうイジメなんてあろうがなかろうがどうでも良かったのだけど、今になって改めてヴィオラさんの存在が私にとって大きなものだったことに気づかされる。
彼女の存在全てが、私の助けになっていたのだ。
それが失われたのだから、今の私の状況は当然のものと言えるだろう。
「シトリンさん」
「……? はい、なんでしょう、テッサ様」
沈んだ気持ちで自室に戻る途中で、テッサ様に声をかけられる。
テッサ様は世界で10人しか存在しない大聖女に数えられる方で、このサザンクロス大聖堂にいる全ての聖女の頂点に君臨する方だ。
そんな方が私に、何の用……?
「貴女にお客様が見えています」
「お客様……、ですか……?」
私を訪ねてくる人に心当たりなどない。
村の人達がわざわざこんな場所に足を運ぶとも思えないし、一体誰が………………っ!?
も、もしかして、ヴィオラさん!?
私と親しいと言える存在に心当たりがあるのは、一緒に働いているルシオラを除けばヴィオラさんくらいである。
だとすれば、これ程嬉しいことはない。
「案内しますので、ついてきてください」
「は、はい!」
私は胸を弾ませ、テッサ様のあとに続く。
まだお客様がヴィオラさんと決まったワケではないけど、一度抱いた期待は中々胸を離れてくれない。
(ああ……、もしヴィオラさんだったら、私、泣いてしまうかも……)
そわそわとした気持ちのまま歩いていると、テッサ様の足が止まる。
「こちらです。くれぐれも、粗相のないように」
「はい!」
テッサ様は、感情の感じない淡々とした口調でそう告げると、すぐにどこかへ行ってしまった。
取り残された私は、改めて案内された部屋の扉を見る。
この部屋は表向き客人を通す部屋とされているが、実際は爵位を持つ貴族などの重要人物のみ通される専用の客室だ。
つまり、客人はかなりの大物ということになる。
ヴィオラさんは男爵家令嬢なので、この待遇もあり得ないことはないと思うけど……
(……今更不安になっても、扉の向こうのお客様が消えるワケじゃない、か)
私は諦めて扉をノックする。
「シ、シトリンです」
「入りなさい」
「失礼しましゅ!」
緊張して舌を噛んでしまった!
痛さと恥ずかしさで泣きたくなったが、なんとか我慢して扉を開く。
まず最初に目に入ったのが、厳かな表情で椅子に座っている大司教様。
そしてその向かいには、見知らぬ身なりの良い男性が座っていた。
男性の年齢は、20歳前半くらいだろうか。
肩の辺りで綺麗に切りそろえられた金髪と、それに見合った美しい顔立ちをしている。
「ウラヌス卿、この娘がシトリンですが……」
「ええ、存じています」
「……そうですか」
短い会話だったけど、いきなり疑問点が浮かんだ。
私はこのウラヌス卿と呼ばれる貴族様と一切面識はないハズだけど、この方は私のことを存じていると言った。
一体どこで私のことを知ったのだろうか?
「シトリンさん、ここに座って」
「は、はい!」
大司教様は自分の隣を指定し、座れと命じてくる。
私なんかが座ってもいいのかと思ったが、断る度胸もないので素直に従う。
「シトリンさん、こちらの方はバーナード・ウラヌス伯爵です。ご挨拶を」
「シ、シトリンと申します! 今期の聖女に選ばれ、今は見習いとしてこのサザンクロス大聖堂で働かせていただいています!」
「宜しくお願いします、シトリンさん。私は今紹介いただきましたが、バーナード・ウラヌスと申します。以後、末永く、お見知りおきを」
「は、はい? 宜しく、お願いします?」
私はワケがわからないままウラヌス伯爵の握手に応じる。
「シトリンさん、単刀直入に申し上げます。貴女は、この方に娶っていただくこととなりました」
「………………えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!?」
な、なになに!? どういうことですかぁぁぁぁぁっ!?
「はしたないですよ、シトリンさん」
「は、はい! すみません!」
注意されて勢いで謝ったけど、頭は変わらず大混乱中です……
「あ、あの! 大司教様、娶っていただくとはその……、この方の、妻になれということですか?」
「その通りです」
もしかしたら聞き間違いかと思ったけど、本当に娶ると言っていた。
「ま、待ってください! 私、平民ですよ!? 貴族様と結婚だなんて……」
「シトリンさん、貴女は聖女になったことで、準貴族として扱われる立場になっています。正式な貴族ではありませんが、貴族と結婚すること自体は何の問題もありません」
そ、そういえば、聖女になったとき、そんなような話を聞かされた気がする。
自分にはあまり関係のないことと思い、記憶の彼方に追いやっていた。
「で、でも、何故私なんかを……」
「最大の理由は、貴女に家名がないことです。聖女が家名なしというのは、いささか問題となります。貴族の家に加わることで、貴女に家名を与える必要がありました」
そう言われれば、確かに家名のない聖女なんて聞いたことがない。
平民出身の聖女自体は初めてではないと聞かされていたけど、こういうカラクリがあったんだ……
「その役割に、このウラヌス卿が名乗り出てくれたのです。本来であればもっと爵位の低い貴族のもとに嫁ぐのが普通ですが、この方が是非にと嘆願してきたことで貴女の嫁ぎ先が決まりました。大変ありがたいことですよ」
大司教様は、口には出さなかったが「感謝しなさい」と言っているようだった。
しかし、私としては勝手に嫁ぎ先を決められたことになるため、感謝のしようがなかった。
貴族であれば、嫁ぎ先を勝手に決められることなど普通のことなのかもしれないけど、私は平民なのである。
いくら準貴族として扱われるようになろうとも、いきなりそんな覚悟ができるハズもなかった。
「改めて、今後とも宜しくお願いします。シトリンさん」
そう言って笑顔を見せるウラヌス卿。
その美しい顔立ちにドキリとさせられるのと同時に、自分が今後どうなってしまうのかという不安が胸に
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