12月の16回目

「むう」

「さっきまでの元気はどこいったんです? そんなスマホとにらめっこして」

 春がほっぺを膨らませていると、仕事が一段落したのかとしくんがのぞき込んできた。スマホの画面を見られまいとくるっと裏返しにしてカウンターに置く。

「ううん。どうもしないよ。やっぱり年末は盛り上がるんだね」

 店内をぐるりと見渡す。カウンターの中では店長は忙しそうにしているし、今日はほとんど話しかけてこない。壁には一面ボードゲームがずらりと並べられている。年々増えていくそれらを眺めている。春は知らないゲームもたくさんある。もちろんやったことあるゲームも多いけれど触れていないものも当然多い。

 でもとしくんはそのすべてのゲームを遊んだことがあるらしい。きっと店長が言っていた覚悟っていうのはそういうことなのだ。800を超えるボードゲームすべてを遊んだことがあるって言える。バイトをしながら、就業後に勉強会と称して遊び続けたらしい。もちろん新作を購入するたびに遊んでいるし、なんなら自分で買った物もほかにあるらしいから。遊んだ数はもっと多い。

 そんなんだから、一緒にいる時間もないんだよね。

 なんだか去年のクリスマスはそういう雰囲気になったのだけれど、思ったより進展しないのはそういうところだ。それに加えて春が持っていないものをまじまじと見せつけ続けられれば距離も取りたくなる。

「常連さんは減りますけどね。新規さんが多いかもです。常連さんは忘年会とかいろいろあるみたいですね。逆に普段来ない人たちが非日常体験をしにきているのかなって感じです」

 あーあ。見てる視点がもうそっち側だよ。と思う。きっとそれだけじゃなくていろんなことも勉強しているのだろう。それこそ店長に教えを請いながら。毎日のように自己研鑽を繰り返している。

 自分の店を持つのはきっとずっと先だ。それまで考えることもやらなきゃいけないこともたくさんあるはずだ。でも、としくんはそれをやり遂げるだけの覚悟がある。そう店長に認められているのだ。

 ほんと嫌になっちゃう。自分はその時間をなにに使っていたのだろうと考えてしまう。楽しいことをやり続けてただけじゃんだめだったのかな。裏返したスマホに通知が入ったばかりの採用見送りの連絡。頑張り始めたのはいいものの、全部が全部順調に進むわけじゃない。それも油断していた日曜日の出来事だからなおさらだ。

「もっと頑張らなきゃね」

「?」

 不思議そうな顔をするとしくんをよそに春はひとり気合を入れなおした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る