12月の8回目

「だかさ。春は春のままでいいんだと思うよ」

 そんなこと言われたら何もいえなくなってしまうよ。美穂のことをにらみつけるように見続ける。だんだんその視界がにじんでいく。それを我慢しようなんて思わない。我慢したらいけないとも思う。ここはきっと思いっきり泣いて、美穂を困らせてやればいい。それくらいのことを美穂はしたんだ。

「でもね。てっきり春はボードゲームを仕事にするんだと思ってたわ。千尋もそうだけど。ふたりでボードゲーム作ったりしたり、売り歩いたり、そんな風になるような気がしてたんだけどね。随分と普通の道を選ぼうとしてるんだねぇ」

 でも美穂は春が泣いていることをなかったことにしているみたいだで話を続けている。

「ボードゲームっていえばさ。宝石の煌めきのふたり用が楽しいって聞いたんだけどほんと? なんだか人気で手に入らなかったんだけど、まあ、そもそもふたりで遊ぶ機会がほとんどないし買うつもりもなかったんだけど。今日みたいにふたりっきりならやってもいいかなって思ったりもするよね」

 こっちがずっと涙を床に垂らしているって言うのに気にも留めない。いや、多分わざとだ。気に留めないようにしている。普段通りにしようと。この時間を特段変わったことがなかったようにとしてくれている。

「あるよ。デュエル」

「えっ。あるの?」

 なんとなく持ち歩いていた。やりたくて仕方なかったのだ。宝石の煌めきは拡大再生産の名作。本来は4人まで遊べるのをふたり用に調整したものだ。ルールの追加によって新しい駆け引きが生まれたりもしている。らしい。らしいというのは遊ぶ機会に恵まれなかったからだ。

 人気と言うのもあって、見つけた時についつい手に取ってしまったのだけれど。誰かを誘うこともできず。ずっとカバンの中で眠らせていたものだ。

「うん。ある」

 こんな機会を狙っていたわけじゃない。どちらかと言うとお守りみたいなものだ。私はボードゲームから離れたわけじゃないと。そう思い込むための道具だ。

「そっか。じゃあやろよ。久しぶりにさ」

 当然の流れみたいなノリの美穂に安心する。

 今は就職活動のことは忘れよう。今だけは、美穂との時間をたいせつにしよう。ちょっとだけなら許してくれるよね。そうちょっとだけ悪いことをしている気分で、涙をぬぐいながらカバンからちょうどいいサイズの箱を取り出した。

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