12月の5回目
「あれ? 春じゃん。何してんの? こんなところで」
行き場もなくなんとなく構内を彷徨っていた春に声をかけてきたのは
できれば会いたくなかったなぁ。
でも、本当に会いたくないのであれば大学なんかにいないでさっさと帰ればいいだけなのだ。それもわかってる。だからきっとここで美穂と出くわしたのは運命だったのだ。
「美穂こそ。めずらしいじゃん。大学にいるなんてさ」
「そうね……春はまだなんだね」
ずしんと心に何かがのしかかった気がした。そのせいかしらないけどうまく言葉が出てこなくて小さくうなずくことしかできない。
「そっか。まっ。春ならなんとかなるっしょ」
本当なら気持ちが軽くなるのかもしれない言葉は、もっと重たいものとして心へのしかかる。
美穂が慰めなんかで言っていないってわかってる。本心から言ってくれてるのだってわかってる。でも、だからといってそれが春の心を軽くしてくれるわけじゃなかった。
「春?」
返事がなかったのが気になったのか美穂が心配そうな顔をする。でも、どうすることもできなくて。いつも通りの元気な笑顔を見せなきゃと思うんだけれど。全然うまく表情を作れなくて。それどころかどんどん崩れていくのがわかる。
「ちょっと春ってば。こんなところで泣くんじゃないよ。まわりがびっくりしてるじゃない。それに私が泣かせたみたいになってるって」
文句を言いっているようでその声はほんとに心配してくれてる。っていうか泣いてるんだ私。そう知ってしまえば確かに頬がぬれていく気もする。美穂ってば大げさだ。わんわん泣いているわけじゃない。ちょっと涙がこぼれただけだ。ほんとちょっとだけ。
「あーあ。せっかく整えたのに、にじんできてるよ。どうせこの後、予定ないんでしょ。うちきなよ」
美穂の以外な言葉に驚きを隠せない。大学に入学してすぐに出会ってから一度だって美穂の家に招待されたことなんてなかった。何度かみんなで押しかけようなんて話をした時だって、決して許してはくれなかった美穂だ。それが急にそんなことを言い始めるなんて、世界がどうにかなってしまったみたいだ。
「うん。行くっ」
思わず声が跳ねる。
「なんで、ちょっと笑ってるのよ。切り替え早すぎない?」
あきれた声を出す美穂に感謝する。なんだが、ちょっとだけ元気が出てきそうな気がした。
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