期待している
「そろそろ放課後も終わりだ。帰る準備をしなさい」
顧問の先生からそう言われて、もうそんなに時間が経っていたのかと現実を認識する。
……そういえば、この先生の名前はなんだろう? 入学式で行われた教職員紹介にはいなかったような……こんな人がいたら絶対目立つしなぁ。
「おい。まだ話の途中なのにどうして顧問を見ているんだ。こっちを見ろ」
「いやだって、帰る準備をしなさいって言うから」
「まだ文学の良さの半分も話していないんだぞ!?」
「……だとしても、もう学校は閉まる。早く帰らないと、学校に閉じ込められてしまうぞ?」
「上等だ。このまま朝まで教育して、私の最高傑作にしてみせる……!」
いやだから、アンタらは人のことをなんだと思ってるワケ!?……とは言えなかった。生徒である花蓮先輩だけならまだしも、先生に対してそんな態度を取る勇気はない。
というかこの先輩、アタシのため口を咎めないけどあんまり気にしない人なのかな……? だとしたらいいんだけど……いや、良くはないか。あんまりにも文学について教育されて疲れたし……。
「そんなことが許されるわけないだろう。早く帰りなさい」
「先輩、帰りましょう」
アタシは持ってきていた鞄を手に持って、もう片方の手で先輩の手を取ろうとして……やめた。そこまで出来る段階じゃないだろう、さすがに。
先輩はしばらく顧問の先生を睨んでいたが、やがて諦めたのか同じく鞄を手に取ろうとして……。
「……ない」
……ないことに気が付いたらしい。いや、なんで?
そんな疑問も置き去りに、急いで多分教室へ取りに行ってしまった。
「……君には期待しているよ、南条千早」
ふっと、静まり返った空間に先生の声が響く。やはり花蓮先輩と似た声に、ドキリと鼓動が高鳴る。先生相手だっていうのに、なんてことだ。この先生の授業があったら困るなと、頭の片隅で思った。
「は、はい……」
なにを自分に期待しているのかは分からなかったが、頷くだけ頷いておいた。
それから促されるままに教室の外に出る。鍵はかけてくれて、そのまま職員室まで持っていってくれるようだったので静かに頭を下げて見送った。
「なんだ、まだ帰ってなかったのか」
入れ替わりのように、花蓮先輩が戻ってきた。待っているとは思わなかったらしく、露骨に驚かれている。地味にショックだ。
「鍵は?」
「先生が持っていってくれたよ」
「クソ、遅かったか!」
「いや、なんで?」
「あの人に持って行かせると、職員室まで取りに行かなきゃいけなくなるじゃないか!」
「いやいや、それが普通じゃないんですか!?」
っていうか、あの人って呼んでるし。なんなんだろう? この先輩とあの謎の先生の関係は。
「教室からすぐに部室に行けないと、その間にアイデアが飛んでいってしまうかもしれないだろうが!」
「め……メモとかすればいいじゃないですか」
「もう私の指はキーボードに慣れきってしまっている! いちいち紙に書くなんて煩わしい!」
「どうやって勉強してんだよ!?」
「……勉強など、したことないが?」
「はいぃ?」
とんでもない発言に、いくらアタシでもスルー出来なくなる。というか、ずっとスルー出来ないことばかりだ。
この人はとんでもなさすぎる。思想に染められないようにって友人たちが言いたくなったのも理解できる。
でも、それでもアタシは……。
「早く帰れと言っただろう!」
「ヤバい。逃げるぞ!」
謎の先生の叱咤が響く中、アタシは先輩に手を引かれて学校を後にするのであった。
あったかい手……もうすぐ死ぬのかな、アタシ?
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