惚れたものの負け
アタシは、各部活の集合場所が書かれているプリントを見るため黒板に近づいた。
けれど、そこに文芸部の名前はなかった。
「先生、このプリント、文芸部について書いてないんですけど」
「あー……」
先生は、まさか私のクラスから文芸部に興味を抱く生徒が出てくるなんて、みたいな表情をした。目は口ほどに物を言うっていうか、表情全体がそう語っている。そして、なんと返すか決めかねているようだった。
「私が案内しよう」
そこで颯爽と現れたのは、長くて白い髪を後ろで束ねている妙齢の女性だった。教職員には見えなかった。テレビのコメンテーターですと言われたほうが納得できる、そんな顔立ちをしていた。綺麗だけど、綺麗すぎるっていうかなんていうか……。
「え、あの……」
先生は連れて行かれるのは困るみたいな表情になっているので、アタシは自分のしようとしていることを早くも後悔した。けれど、それでも揺るがないくらいには先輩の声の虜となっているらしい。
「ついてきたまえ」
「あ、はい……」
それに女性の力強い視線には逆らえず……というかなんか、この人もいい声じゃない? 初恋が今日二つも? みたいな複雑らしい感情になりながらもそれを表には出さずに、振り返りもそれ以上の声かけもしない女性についていった。
先生には行きがけに口だけでごめんなさいと謝っておいた。複雑な表情だった。
もし進路に影響があったらどうしようかと、少しばかり考えてしまった。……ただの部活に、そんなことはない、よね?
「花蓮」
ついていった先は、小さな空き教室だった。十人分の机が入るか入らないかくらいの小ささの部屋だ。どこにも文芸部とは書いていなかったので、闇雲に探しても見つからなかっただろうことが予想できる。
そして先ほどの先輩が、そこにはいた。
素敵な声の先輩は、大量の紙や本に囲まれながらパソコンと向かい合っていた。唸っている声も聞こえる。その様は、予想外でちょっと怖かった。
「入部希望者だ。今度は失敗しないように」
そういうと妙齢の女性は、また颯爽と去っていった。なんだったんだろうと思いながら、おそるおそる教室に入る。
今度は失敗しないように、か……一度は失敗した部なんだろうか?
一体、何があったというんだろう。
分からないまま先輩の前に立つが、反応がない。
「……気付いてない?」
結構、女性のヒールの音とか響いていたと思ったんだけど……それだけ集中しているってことなんだろうか?
「あの、先輩……」
「ハーハッハッハッ! やはり私は天才だ!」
「えっ!?」
いきなり笑い始めて立ち上がり、自分を褒め称えている。
……異常だ。素敵な声なのに、この上なく異常だ。
「なんだ、侵入者……じゃないようだな。新入生か?」
「し、侵入者が来るような部活なワケ?」
アタシは思わず、友人に接するようにツッコミを入れてしまった。
しまったと思うも、すでに口から言葉は出ている。先輩に対してタメ口、しかも不敬な内容に怒号が飛んでくるのではないかと身を硬くする。
「まだ来たことはない。しかし、私の才能に嫉妬した人間がいつこの部屋に設定を盗みに来るか分からないからな。気をつけてはいる」
けれど、先輩はいたって真面目にそう答えた。怒られなかったという事実に安堵しながら色々考えていると、先輩はスカートのプリーツを伸ばした。
「私の朗読のどこが良かったのかは正直自分でも分からないが……文芸部へようこそ。歓迎しよう」
彼の差し伸べてきた手は、白くてとても綺麗だった。そんな手を握っていいものか悩んだ末にちょっとだけ出た手を、先輩は引っ張るように握った。
「よろしく」
「……ハイ」
その仕草でアタシは、完全に先輩に対してメロメロになってしまったのだった。
惚れたものの負け。世の常だ。
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