声以外も愛せよ

城崎

揺るがない

『この世界は、私の掌の上だ』

 はじめて聞いた声だった。

 いや、そりゃあ初めて見た先輩の声なんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど……。

 はじめて聞く類の声だった、といえば正しいだろうか。

 その先輩の声は、アタシの脳に見事にクリティカルヒットした。

 恋、といえばいいのだろうか。はじめて、そういう感情になった。

「どうしたの、千早ったらボーッとして」

「え、あ、えっと……」

 なんて答えればいいのか分からず、普段は饒舌な口もまともに動かなかった。動くわけもなかった。

 だって恋だぞ?

 そんな繊細な感情に今までなったことがなく、恋に一喜一憂する友人らを励ましながらも心の奥底では不思議に思ってきたというのに。

「今の先輩、すごい内容の小説音読してたけど……リハとかなかったのかな? 先生たちまで狼狽えてるんだけど」

 ただ一人狼狽えてない先生はなんなんだろうねと話している友人の声は聞こえるが、アタシの心はずっと先輩の声に囚われていた。心臓の音が漏れてないか心配で、心臓に止まってくれとまで思ってしまう。そうしたらもう、あの先輩の声は聞くことが出来なくなってしまうっていうのに。

「……あの先輩、文芸部って言ってたよな?」

「あ、うん。え、もしかして千早興味湧いたの?」

「湧いたっていうか……」

 文芸部ではなく、先輩本人に興味が湧いたと言ったところでも引かれるだろう。

 内容は覚えてないけど、先生たちが狼狽える小説をセレクトする人はどちらにせよヤバいのだから。

 だからアタシは、いつもの調子を取り戻しながら笑っていった。

「ちょっと、からかいに行こうかな的な、ね?」

「趣味悪ー」

「うっせ」

「でも千早のことだから、先輩のこと放って置けないとかなって文芸部に入ってそうじゃない?」

 もう一人の友人が、そんなことを言う。

 まるで予言のような、そうでもないような言葉。

 どうなるかを決めるのは、アタシとあの先輩だから分からないけれど……。

「たしかに。千早って真面目だから、逆にああいうタイプのことは無視できないところありそう」

「だよね。ヤバ思想に感化されて戻ってこられても困るからね」

「まさかー」

 口では笑っているものの、内容はほとんど頭に入ってこなかったのでなんとも言えない。そんなにヤバい思想の持ち主なんだろうか?

 それなのに、素敵な声を持っているだなんて……。

 いや、世間一般には素敵な声でもなかったんだろうか? 誰も声のことについて話しているようには思えない。

 じゃあ、アタシは一体……?

「えーじゃあ、部活紹介はこれで終わりです。各自クラスに戻ってホームルームをした後、見学希望者はそれぞれの場所に行くように」

 そんな校長の声で、クラス毎に教室へ戻ることになった。

 名残惜しくて、先輩はどこに行ったのだろうかと体育館内を探してしまう。

 最後だったんだから、まだいるんじゃないかと淡い期待を抱いて。

 すると彼は、教頭らしき先生から注意を受けているようだった。

 こちらに目もくれないどころか、教頭にすら目もくれていないような態度の彼に、確かにヤバそうだなと苦笑をこぼすのだった。

 けれど、アタシの文芸部に行こうという意思は揺るがない。

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