第16話 権力には暴力を
(へイゲル・オルウェン卿)
へイゲル・オルウェンは肥えた身体を震わせ、怒り狂い、奴隷の獣人に八つ当たりしていた。
犬耳の男の獣人は、小さく
「あいつら……カスどもめっ。所詮荒くれの、何も持たぬ者どもか。失敗しやがって。俺の元へと足がつかない、
ヘイゲルの判断は早かった。けれど思慮深くはなかった。足がつかないことはないから。彼が黒幕とたどり着く方法はいくらでもある。
彼は亜音速伝書鳩を野盗団、
しかし鳩は送り先がもういないとばかりに、手紙を持ったまま戻ってくる。
そして気づく。失敗し全滅したと。何者かにやられた。
それが誰であるのかわからない。
自分に矛先が向くなどとは思わなかった。ただエレーナが手に入らなかったことに憤りを抱いた。
バルクの元へも伝書鳩は届いていたが、それはエドガーの指示で手紙を
ヘイゲルはしつこいだけでなく、欲深い男でもある。
未だ、エレーナを諦めきれない。
今は雇った傭兵たちとともに、ブライア平原でエレーナを待ち伏せしている。
斥候がエレーナの馬車を見つけたら、伝書鳩で連絡が来る手はずとなっていた。
そうしたら結界を破壊しモンスターとの戦闘の混乱に乗じて、雇った傭兵共を使い、エレーナをさらう予定だ。
しかし
数は少ないが、修道女と騎士が常駐しているのだ。まずは奴らを何とかしなければならない。ヘイゲルは獣人たちを使うことにした。
ヒト種では神聖教会イルミナスに逆らおうとする者は少なく、中には狂信者さえ紛れ込んでいるから。それは野盗や傭兵、荒くれ者問わずに。
だから神聖教会イルミナスの守護する結界の破壊は亜人にやらせる。
「くそがっ! くそがっ!」
と一人の獣人に八つ当たりしていると、ハイランド家の紋章を付けた馬車が、ヘイゲルの前を通っていった。
「……は?」
ヘイゲルは混乱する。
まさか、そんな凡ミスがあるだろうか。結界の効果のある箇所は限定される。全世界、ありとあらゆる箇所に結界を構築することは無謀な行為だ。
流通経路にのみ、結界が付与され、モンスターの脅威から逃れヒトは発展してくることができた。
だから彼らが通る道は限定される。見逃すなんてあり得ない話だった。
傭兵ども。何をしている。
「つ、使えない奴が……っ! ど、どいつもこいつもっ!」
ヘイゲルは血管が千切れそうなほどに、額に青筋を立てる。
獣人たちは絶望に震えた。
ヘイゲルの怒りにではない。平原に、
後光がさしているように獣人たちには見えた。
世界が祝福するかのように。
亜人たちにとって聖女は畏怖の存在。
彼女たちに逆らうことは死を意味する。
「あっ。あっ」
みな、尻尾を巻いてうずくまる。
その様子にヘイゲルは気づき、目線の先を見てうめいた。
ヘイゲルと傭兵たちの前に現れたのは、武装した聖女、第六位階、『視ル』。
「くそ。よりにもよってっ……なぜ、奴がここに来るっ。なぜっ。なぜだっ」
真実を見通す眼は有名だった。彼女の前では嘘は通用しない。
馬鹿で愚直で、己の正しいと思ったことに
それが貴族たちの中の彼女への評価。
本当は素直でやさしいのだが、能力と性格のせいで、融通が利かないとも思われていた。
しかし所詮小娘一人。
こちらは数で優る。魔法を駆使し、数で圧倒すればいい。そうすれば私が逃げる時間くらいは稼げる。こうなったら国外へ逃亡するしかない、ヘイゲルはそう思った。
「お前たち、金は10倍積む。だから時間を稼げ。いいか逃げようとしても無駄だ。お前らも同罪だからだ。聖女『視ル』は世界を見通す。だから抵抗し、時間を稼ぎ逃げる。それしかない。わかったな。ありったけの魔法を討ち込め。先制攻撃だ」
傭兵たちは訳も分からず、魔法を打ち込むことにする。
一般的な人間たちにとって、聖女の脅威はわからなかった。
信仰の対象。
うつくしいな、くらいにしか思っていないのだ。
だが、『視ル』の姿は普段の式典で見る、静粛でうつくしい姿とは違っていた。
その姿は、邪を払う、武の
しかも物理的に。片手に無骨な楯、片手に銃。
明らかな強者。
だから、傭兵たちが彼女に向かってありったけの魔法を打ち込むことに、
傭兵たちが自身の最も自信のある魔法を次々に打ち込んでいく。
ある者は炎を。ある者は水を。ある者は光を。
『視ル』が楯を地面に突き刺し、楯にふれて口ずさむ。
「神イル様。我らはいつもあなたと共に在る」
楯に魔力の光が走り、楯の欠片へと分裂した。
楯の欠片の数々は、中空に展開され、『視ル』を守るように動いて周る。
彼女が視る未来に先回りするように動き、彼女を襲う炎を、水を、光を、魔法の数々を防いでいく。
自動ではない。全て『視ル』が操っていた。
両手のあいた『視ル』は亜空間からガトリングガンを取り出した。
細腕と細い腰で、巨大なガトリングガンを構える。
冷たくも存在感あふれる、無慈悲な武器。
それがどんな存在か、傭兵達にはわからない。けど何人かは感じていた。
あれはやばい。
逃げなければ死ぬ。
けど判断が遅かった。いや、そもそも未来を視る彼女から逃れる術はない。
唯一正しい判断をしたのは獣人たちだった。
転げるように走り、障害物の傍で身を縮める。
「粛正」
『視ル』はガトリングガンのハンドルを握り、
ガトリングガンが火を噴く。
弾丸の嵐と共に火花を巻き散らす。
死が降り注いだ。
あたり一体に悲鳴が満ちていく。
全てを防ぐ楯、全てを
世界を視る瞳による、攻防一体の不条理の存在。
それが聖女序列第六位。第六位階、『
……。
『視ル』がヘイゲルの片足を撃ち抜いた後、見下ろしていた。
「ああああああああああ」
ヘイゲルは無様に叫んでいる。むぅ、と『視ル』は渦巻く魔眼を細めた。
「うるさい」
威嚇射撃とばかりに、近くの地面を撃ち抜く。
ヘイゲルは身を縮こまらせて口を塞いだ。
叫んだら殺される。
静かになったことで、『視ル』は満足して頷く。
「尋問」
「お前は結界を壊そうとしたか?」
「わ、私はそのようなことは……」
「否」
「ああああああああああ」
『視ル』がもう片方の足を撃ち抜いた。
「次は腕。お前はエレーナを不幸にしようとしたか?」
「ふ、不幸に、等、そのようなことは」
「ならば無理やり襲おうとしたか」
「……そんなこと、するわけがありません! ――あああああああ」
今度は腕を撃ち抜かれる。
「最後の質問だ。お前。この世界に未練はあるか?」
「あ、ありますっ! まだ、死にたくありません! どうか視ル様っ! どうかお慈悲をっ!」
「わかった。これは同意だ。だから、えと、なんだっけ? そう残虐? な行為ではない」
「な、なにを言って……」
『視ル』は太ももにつけたホルダーから一丁の銃を取り出す。
ミミックのように口のついた銃だった。
魔銃による銃刑。
「実刑。肉体の牢獄、だ」
長い長い幽閉の刑に処す。
「お前は殺してあげない」
生き物のような銃の引き金を引く。
銃の口からは、弾丸に擬態した寄生虫が飛び出した。
ヘイゲルの眉間に当たり、皮膚を食いつぶし、脳に寄生する。
びくびくとヘイゲルが痙攣した。
意識はそのままに、身体の自由は奪う。
尋問するまでもなく、悪だと判断していたから。
余罪は
エレーナに対してだけではない。
従者にも、守るべき市民にも、気にいった女性を何人も。
視て、すぐにわかった。
だから粛清することに決めた。
でも、嘘をつかなかったら、粛清して天に……神の身元に帰すつもりだった。でも、こいつは駄目だ。許すことが出来ない。
肉体の監獄にとらえることにした。
うつろな瞳で『視ル』を見つめるへイゲル・オルウェン卿ができあがる。
意識はある。心もそのまま。痛みも感じるし、疲れも感じる。
ただ身体は思いのまま動かすことは一生できない。
無限の労働をしてもらう。
死ぬまで、善き人間たちのために働く刑だった。
一人の獣人がうずくまっていることに、『視ル』は気づいていた。
だが、気づかない振りをした。
犬耳や猫耳、しっぽが嫌いではなかったから。
むしろかわいくて好きだった。
だから脅かさないように、ただゆっくりとヘイゲルという名の人形と共に、帰路に戻る。
『視ル』は聖女の中にあって異端。ヒト種の中でも異端。
ただ、自身の心に素直に生きていた。
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