第15話 聖女第六位階、『視ル』

(聖女側)


 結界の外、戦地に少女がたたずんでいた。

 返り血で、白い肌と薄手の修道服が化粧されている。


 肩で切りそろえた白みがかった金髪。

 右手に機関銃、左手に無骨な楯。

 細い腰や腕に似合わない武器。


 聖女序列第六位。第六位階、『ル』。


 ぐるぐると渦巻く両の魔眼。感情を覗かせない不思議な目だった。だが、その利点を全て消すほどに、頭が悪い聖女でもある。気持ちが言動に表れてしまうのだった。


 亜音速伝書鳩が一通の手紙を届けに来た。鳩が狂う何かを飲まされているのか、普段の伝書鳩より狂った速さで『視ル』に突っ込む。

 それを最小限で避けた。


 


 鳩が地面に突き刺さる。


 『視ル』は楯を放り投げた。

 あまりの重さに楯は地面にめり込む。

 鳩が身につけている手紙を手に取り、鳩を空に帰した。

 中身を読んでいく。


「むんっ!」


 『視ル』がけわしい表情を作った。内容に、ではない。

 文字を読むことが嫌いだったから。


 未来を見通す力を持つ私から、世界を見通す力を持つ『視ル』様へ。

 

 エレーナが狙われている。初手は私が対処した。

 次手は『視ル』様に対応願えないだろうか。

 場所はブライア平原結界近郊。

 エレーナを狙っている者はへイゲル・オルウェン卿。

 結界を破壊するつもりだ。


 エレーナを狙う支援者ラフィーナ・エステール侯爵こうしゃく令嬢は私が対処します。


 あやしいと思うかもしれません。

 ですが、あなたは賢く、すばらしい人だ。


 世界を視てください。

 真実を視てください。


 エレーナを愛する同志より。


 『視ル』は最初、知り合いでもない奴からの手紙に憤怒した。文字は読みたくない。頭が痛くなるから。世界は文字なんてなくても何とかなる。

 だけで知りたいことは大体わかるから。


 でも届いた手紙は読むことにしていた。

 手紙は読まれるために生まれてきたから。


「むんっ! むんっ!」


 内容が気になった。そして急に褒められて顔を真っ赤にする。賢くすばらしいと書かれていたから。言われたことがないから手紙の主をちょっと好きになる。

 そしてエレーナが狙われているだと、それは許せないっ。


 文字のほとんどは読めなかったけど、真実を見通す魔眼で理解した。

「ふんふんっ」

 『視ル』は得意げな顔を作った。

 内容は真実。この手紙に嘘はない。愛がある。


 手紙にはハンカチが同封されていた。


「ハァハァハァ。ハスハスハス」

 『視ル』は犬のようにまず匂いをかいだ。

「ま、間違いない。これはエレーナたんの香り。くんかくんか。ハスハスハス」


 『視ル』はエレーナの匂いを感じたことはない。遠目でエレーナを見て一目ぼれした。近づくと興奮のあまり気を失うから近づけたことはない。

 匂いを感じたことはないが、真実を見抜く魔眼でエレーナのハンカチとわかった。

 決して本来の使い方ではないのだが。


 千里眼。

 真実と数秒先の未来と、自分に不都合な結果を見抜く眼を持つ『視ル』。そして、彼女は美しい令嬢エレーナの大ファンだった。

 聖女でありながら推し活をしている。


 『視ル』は賢そうな見た目と能力の割に、頭が致命的に悪い。そしてエレーナが好きすぎる子だった。

 一途で愚かで、鈍感で痛みを感じず、無茶をする。


 『視ル』は全てのお役目を放棄して、自分の信じる未来に向かって駆けだした。



 戦地に残されたのは他の聖女。お役目の真っ最中だった。


 聖女序列第一位。第一位階、『在ル』が口が裂けるほどの笑みを浮かべる。

「困ったものですね」

 笑うという行為をしているだけのようにも思えた。目が笑っていない。何を見ているのかわからない様子だ。金色に輝いているというのに、暗い眼にも思えた。


 『在ル』の容姿はエレーナに似ていた。

 似ているとはいえ、不思議と『視ル』の押し活の琴線きんせんには触れないようだが。それどころか苦手にも感じている。

 真実を見通す魔眼のせいだろうか。


 聖女序列第三位。第三位階、『裁ク』が眉間に青筋を立てて答える。短髪の濃い金髪。背は2mを超えている。筋肉質。大太刀を背に抱えている。

「馬鹿者が」


 目の前には王国に隷属しようとしない、ドワーフ族。

 大義名分は、ドワーフ族が王国に属するヒト種の辺境の村を襲おうとした。それどころか、近郊の結界を破壊し、混乱をもたらしていた、というもの。


 実際にはドワーフのはぐれ者の一人が、村の一人の娘を襲い、死に物狂いで逃亡の果て苦し紛れに結界を破壊したのだが。


 連帯責任。亜人がヒト種を襲うという愚行に対する、粛清の最中だった。


 聖女たちはドワーフ族と周辺のモンスターを狩るために進軍していた。


 『在ル』が手を振るう。

 地の底に闇が生まれる。ずずず、と這い寄るように現れるのは鎖に縛られた異形の天使。光り輝く聖なる色だが、見た目は異形。

 大小さまざまな天使達が、ドワーフとモンスターを見つめる。

 食事前の獣のような瞳で。


「粛清」


 『在ル』の声に天使達がドワーフやモンスターたちを襲い始める。



 

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