第13話 その後


「うぅ!」

 相変わらずネイは服の汚れを気にしていた。汚れたのなら新しい物を買えばいい。この世界の金の稼ぎ方なら熟知しているから。

 と思ってこの間、ネイの服を黙って捨てようとしたら大変泣かれた。

 気に入っているらしい。


「ネイ」

「うぅ!」

 服を捨てられると思ったのか、変なポーズで警戒している。

 顔に付いている血だけ拭った。ぷにぷにのほっぺである。

 ネイかわいい。


 討伐した野盗たちが光となって消えていく。

 血痕だけがあたりを埋め尽くしている。


 神の加護がある者は死ぬと、神の元へ光となって帰る。この世界はそうできていた。人類だけではない。モンスターも同様だった。家畜などは加護がなく、その場に残るようになっている。


 ところが完全犯罪ができるのかというと、そうではない。

 実際に見てはいないのだが、王都の神聖教会イルミナス本山には神の墓標があるらしく、死んだ者と死因が刻まれるらしい。神聖教会イルミナスの者が言っていた。本当かは知らない。


 だが実際に未解決事件をイルミナスの聖女が一瞬で解決することがある。

 あながち信仰のための、信者をだます嘘ではないのかもしれない。

 俺も気に食わない奴を殺して回った気狂いエドガールートでしつこく狙われたし。


 奴ら聖女といいつつ、とんでもない武装しているから怖い

 銃やら爆発物やら持ってるとんでもない集団だ。

 剣と魔法の世界に持ち込むなよ。


「にゃふ」


 ネイが寝転んでいる、バルク・トリスタンの身体を棒でつついている。

 俺には大事な仕事が残っていた。

 ネイがバルクの鼻を摘んだ。苦しそうに口で呼吸している。やがてうめきながら目を覚ました。


「うっ」

「おはよう。バルクさん」


「う、うわぁ!」

「にゃ!?」

 化け物を見たような顔でネイと俺を見る。突然叫んだので、ネイは猫のように飛び跳ねて俺の後ろへ隠れた。しっぽが太くなっている。


 バルクは状況を理解し、頭を地に伏せて懇願する。

「む、娘と妻だけは助けてくれ! 何でもする! 私のことはどうしてくれてもかまわない! 勝手を言っているのは分かっている! だが、娘と妻だけは……頼みます……本当に何も、何も悪いことを、していないのです……エドガー様っどうかお慈悲をっ」

 手紙による脅しは十分な効果だったようだ。

「わかった」


「本当に妻と娘は善良で……私とは違うのですっ! だから、だからどうかっどうかっ!」

「だからわかったと言っている」


「どうかっどうかっ! ……へ?」

 呆けた顔をしている。俺は金の入った袋をバルクの眼前に突き出す。

 じゃらじゃらと金の音がなる。

「……あの。これは、一体? 大変、怖いです。理解が、追い付きません」


「バルク・トリスタン。元王国騎士。卓越した抜刀術の使い手。妻エリザは魔力欠乏症。定期的な治療が必要。そして治療にかかる費用は市民には大金。そして妻は幼馴染。昔からの仲。誰よりも大切。そして娘のセリナも同様に自身の命より大切に思っている」


「……なぜ、それを?」

「金をやる。俺の部下になれバルク・トリスタン」


「……」

「へイゲル・オルウェン卿とラフィーナ・エステール公爵令嬢からの追跡が心配か? そちらは俺が対処しよう。バルクさんの家族には指一本触れさせない」


「そ、それも、ありますが。私がエドガー様に部下にしていただく、理由がわかりません。あまりにも都合が良すぎる」

 俺はバルクが裏切らないということを知っている。

 武で圧倒し、金を渡し、彼の家族にも配慮する。そうすれば、彼は俺の忠実な部下になるから。それはどのルートでも変わらない事実。


「俺には人望がない。バルクさんも知っていることだろうがな。部下が欲しい」

「……なぜ敵である私を?」


「バルクさんの武勇と事情を俺は知っている。あなたは事情が考慮されさえすれば裏切らない。どうしてもあなたのような人が欲しかった」

「……それは、大変ありがたいお話ですが。娘はまだ小さく、妻は病弱。できれば、傍に居られる、危険の少ない仕事に従事していたい」


「傭兵稼業よりは安全だ。実際俺に殺されるところだったではないか。バルクさんが死んだら家族はどうなる」

 ぐっ、とバルクはうめいた。やりすぎたかもしれない。華を一切持たせない倒し方をしてしまったし。けど強さというのは、彼にとって大切な価値の一つだったから。交渉を有利に、忠実な部下になってもらうために必要なことだった。


「私に断るという選択肢はありますか……?」

「ある。金もやろう。その場合は二度と俺達に関わるな。……あぁそれと。エレーナに迷惑もかけるなよ。次、彼女を狙えば、一族皆殺しだ」


 バルクはごくりとつばを飲み込む。冗談に聞こえなかったことだろう。


「部下というのはどういったことをすれば……」

「あぁ、それは――」


 バルクの目は大きく見開かれるのだった。


……。


 翌日の朝。いやもう昼。ベッドの毛布の中。

 目の前にはケツあご。


「もう昼ですよ。エドガー様。いつまで寝ていますか。はぁ。これだからエドガー様は。いつまでたっても私が起こさなければならないのですから。困ったものです。全く。私ももう年です。いつまでも傍にいてあげることはできませんよ」


 ジェイコフが、はぁ全く、と嬉しそうにクドクドと何やら言っていた。


 猫肌のあたたかさともふもふを感じる。どうやらネイが毛布に入ってきているようだった。

 起き上がり毛布をめくるとネイがぐっすりと寝ていた。

 きれいにした仮面を握りしめて。


「……ネイを連れ込むのも噂になってますよ。いよいよ変態貴族の仲間入りですね」

「へへ。これがネイの仕事だ。周知をよろしく頼む。ジェイコフ」


「これではエレーナ様を射止められないのも必然でございますね」

「エレーナもそろそろ出る頃だろう?」


 俺はベッドから起き上がり、服を着替える。寝癖はそのままでいいか。


「……」

「どうした? ジェイコフ」


「身だしなみくらいは整えるべきでは、と」

「〇すぞ」


「ハァハァハァ。ハァハァハァ。いきなり罵倒!?」

「申し訳ない。ジェイコフに言われると、くやしいから」

「……っ! 私感動ですっ! エドガー様が! あのエドガー様が謝罪を!?」

 今日は記念日だとか何とか、ジェイコフは叫んでどこかに行った。


……。


 街はずれ。門の外。

 一台の馬車。その中にはバルク・トリスタンの妻エリザと娘セリナがいる。

 セリナは身を乗り出して外を見て、エリザと何事かを笑顔で会話していた。


「本当に良いのでしょうか? 大丈夫でしょうか?」

 妻と娘の乗った馬車の傍らに立つバルクが、不安そうに、近づいてくる洗練された馬車を見る。

 ハイランド家の家紋。

 

「大丈夫だ。俺の人望を信じてくれ。エレーナの心をつかむなどゴブリンを狩るより楽勝です」


「エレーナ様から婚約破棄されたと聞きましたが……」

「へへ」

 どうやら情報は筒抜けらしい。そうでなければ、この日にエレーナを狙おうなどという話にはならないからな。


「……」

「冗談だ。不安そうな顔、しないでください、バルクさん。エレーナはやさしい人だから。攻略法はいたって簡単ですから」

 まだ心配そうだった。

「……えと」


「本当任せてもらって大丈夫ですから」

「あ、いえ。言葉遣いが」


「あぁそうですね。どうやらバルクさんの前では悪役を演じなくていいようです」

「……悪役?」

 バルクは小首を傾げている。しかし追求はしないようだった。


 近づいてくるハイランドの馬車の通り道を塞ぐように俺は躍り出る。


 子供のようにガンガン両手で手を振る。

 どんどん馬車が近づく。

「エレーナ! 止まってくれぇ! エレーナァ!」

 友達のように叫んだ。

 なおも馬車は近づく。

 馬を手繰る従者が額の汗を懸命に拭いているのが気になった。


「止まってくれぇ! エレーナァ!」

 俺のDEFは低い。馬に踏みつぶされたら死ぬかもしれない。


 眼前。

 本当にぎりぎり。馬の鼻息が感じられるくらいの位置で止まる。

 馬に匂いをかがれ、軽く噛まれた。


 馬車の窓からエレーナが顔を出す。

「早くひきなさい! さっきから言っているでしょう!」

 エレーナはなぜか怒っていた。


 ハイランド家でバルクを雇ってもらうという交渉は失敗するかもしれない。


 心配そうに俺を見つめるバルクに言う。

「ま、任せてくれ」

 声が震えた。

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