第12話 野盗団夜哭②

 (バルク・トリスタン視点)


 そして――私は龍を見た。

 ただの幻覚。

 龍の一撃と思えるような光景だったから。


 屈強な男たちが光景を前に、龍の一撃に見えたのだ。

 人間の所業ではない。

 ましてや子供。


「死ねやおらぁ!」


 傭兵たちは馬鹿の一つ覚えのように少年に群がる。

 乾いた音。

 大人二人分もの高さまで男たちが打ちあがる。


 何が起きている。


 魔法でなければ、ありえない光景に鳥肌が立つ。

 だがすぐに理解。

 純粋な格闘術。


 こいつは規格外。化け物。

 同時に血がたぎる。武闘家としての感性が私の身体を震わせていく。

 戦ってみたい。死合をしてみたい。

 頭を振る。駄目だ。私には家族がいる。


「びびってんじゃねぇぞ! てめぇら! 相手はガキ二人! 何やってんだ!」


 勇猛と無謀をはき違えた野盗の若頭が、声を張り上げた。

 たたらを踏む、仲間たちがその声を背に、ただ無謀に突き進んでいく。


「死ねやクソガキ」

「なめんじゃねぇぞ」


 威勢だけを武器に死に行く光景は愚かに見えた。


 観察する。

 どう倒す?

 どう生き残る?


 この化け物を相手に。


 人の波から覗く、黒い髪と赤い眼。左手に逆手持ちの短刀。

 全力で動いている様子はない。速くはない。おそらく。

 右の手と、両足から繰り出される武術。


 重心のズレを狙っている?

 踏み込みの足を払い、バランスを崩したところに一振り。

 突っ込む男の勢いを利用し投げ飛ばす。

 あるいはカウンターの蹴り。


 ……?

 今何をした? 速すぎて見えない。あり得ないタイミングで一人倒れた。

 気のせいか。死角で見えなかっただけか?


 観察。癖はないか?

 左手の短剣を使うタイミングは一対一、あるいはとどめを刺す時だけ。


 10メートルは離れた私に、吹き飛ばされた男が向かってくる。最小限の動きで避けた。見た目の割に、力もあるのか。

 宙に浮かぶ男たち。

 野太い悲鳴が夜に響く。


 一人の男が死角から飛び掛かるも、次の瞬間には宙に飛ぶ。

 あるいは骨を折られうめく。あるいは喉をかき切られる。

 多人数との闘いに慣れている。見えているのか。

 視野も広い。


 叫びながら気合とともに大斧を振り下ろしても、少年が斧の側面に触れただけで、軌道が変わり当たらない。

 最小限の動きで攻撃を避け、目にもたまらないカウンターで盗賊の首がねじれた。

 まただ。今の一撃。見えない攻撃がある。


 接近戦では倒せない。

 敵前逃亡が正解。

 だが死合ってみたい。

 いや駄目だ。


「ま、魔術部隊!」


 武闘に焦がれる自身を叱咤する。

 武の頂点に近い存在を目の前にし、心臓が暴れる。

 魅き寄せられてはいけない。

 人間である以上、弱点は必ずある。魔法による攻めを観察する。


「早く奴を討て!」


 魔術部隊を振り返るも、皆地面に血を流して倒れていた。

 そばには、仮面をつけた猫耳の少女。

 グルルと喉が鳴っている。

 くそが。

 こっちも化け物か。冷汗が背を伝った。


 同時に魔法を警戒していたことに気づく。

 だが、気づくのが遅かった。


 少年の派手な立ち回り。あえて顔を見せ、盗賊の欲望を刺激して引き寄せた。


 手薄になった魔術師を、少女に狙われた。


 子悪党の貴族、エドガーという手柄を餌に。金に目がくらんだ我々は必然、彼に集中してしまった。


 少女の俊敏さを活かした魔術師を優先的に狙う戦い方。


 エドガーを狙うべきではなかった。

 襲うべきではなかったのだ。

 守るべきであった。

 我々が勝つ方法は魔術師達を守ることだったか。


 魔法に対抗する術はないのかもしれない。


 少女が二振りのマチェットを振り払い血を飛ばす。

 目が合う。

 消えた。


 下!


「くっ」


 低い身長を活かした死角からの攻撃。

 脇差の短刀での抜刀術。見えていなかった。苦し紛れに繰り出した短刀がたまたま、少女のマチェットの側面に触れた。軌道がそれてくれる。


 安堵の余裕はない。横腹に衝撃。蹴り抜かれたか。

 あえて抵抗せずに吹き飛ばされる。脇腹の骨を折られてでも、間合いが欲しい。


 すぐさま起き上がり、大太刀を横に構える。

 鞘から出さず。いつでも鞘から抜けるように。

 

 居合斬りの構え。

 手の長さと踏み込み、合わせて2mと70。

 何度も死線を潜りぬけた、絶対の間合い。

 大太刀が届く範囲が目に見えている。

 少しでも間合いに入れば切り伏せる。


 抜刀術。

 鞘の中で刀身を走らせ、加速させる居合の極意。

 人生をかけて、これだけを極めた。

 

 非難され続けた、王国騎士としては邪道の剣。

 待ちの剣。ただひたすらに後の先を狙う。

 だが不器用な私には、これほど相性の良い戦い方はない。


 待つ。来たら己の最速で迎え討つ。それだけ。

 失敗したら死あるのみ。

 だが悔いはない。最後は剣を握って死にたいから。

 

 木こりの仕事の裏で、最強の剣術を夢見て、抜刀術を大太刀で実現する筋力を鍛え上げ続けた。後は無心で大太刀を振り続けてきた。


 まだ見ぬ最強の敵を想像し。

 敵を切り伏せるイメージは何度も何度も。

 何度も何度も何度も描き続けてきた。

 身体が覚えている。


 今はイメージが明確になる。

 目の前の二人の化け物。

 奴らの首を取るために磨き上げてきた剣技。

 

 少女は止まった。先ほどまでの気配は消え失せ、ぱたぱたと年相応の動きで少年の方へと向かっていく。

「……?」

 悪魔のような気配が消えた。


 代わりに少年が私の方へと近づいてくる。

 あぁ。後は私だけ。

 周りを見ても、すでに私以外に起きている者はいなかった。

 

 無警戒に近づく少年。

 近くで見るとまだ子供。

 間合いに無造作に入る。

 なめるなよ。同時に相手は幼い少年だとも思った。少年は呟く。

「2メートルと68」

 振り抜いた最速の剣は少年の薄皮一枚、前を通過する。


 見誤った。

 いや恐怖により少し早く振るってしまったか。転がるように離れる。


 仕切り直し。


 全身に汗がどっと流れるのを感じる。

 追撃も、私を追う様子もなかった。

 舐められている。いや実力差も技も間合いも見抜かれている。


 柄を握る手がカタカタと震える。


 誰だ。

 この子供を……エドガーをできそこないと言ったのは。

 こいつは、人の皮を被った武神じゃないか。

 

 武の道理を知り尽くした怪物だ。

 初対面だと言うのに、俺の攻撃を知り尽くしている立ち振る舞い。初めて見せたはずなのに、間合いを正確に理解していた。


 私すら知らない武の理を知っているかのような、確信を持った戦い方。

 恐怖はないのか。


 怖い。絶望的な恐怖を生まれて初めて思った。

 再度近づいてくる。

 間合いに到達。


 死を覚悟し、渾身の気迫を込める。


「キ……キエエーーー!!!!」

 

 踏み出し沈み込む。

 鞘の中、刀身を走らせる。

 人生を賭けた最速の剣筋。

 下からカチ上げ一閃。

 当たり前というように薄皮一枚かわされた。

 

 ならば――手首を返す。


 秘剣 燕返し


 絶対不可避の二段構え。

 柄を瞬時に握り変え、剣先の刃を反転する奥義。

 最速の剣術。剣筋の軌道修正。避けられたら第二の一太刀で切り伏せればいい。


 斜め上段からの袈裟切けさぎり。

 力の限り叫ぶ。全身全霊、必殺の一太刀。

 あらんかぎりの掛け声で奴の身体を切り伏せる。


 鍛え上げた己の身体。そのすべてが完璧と自負できる、技。


 死ね。化け物。

 初見では必中のはずの秘技。


 だが。

「え?」

 視界が揺れる。いや脳が揺れている。身体が制御を離れる。


「あ」

 気の抜けた声とともに尻もちをついた。

 情けなく。立ち上がることを覚えたばかりのこどもが転ぶように。無抵抗に。


「あえ?」

 なぜ。頭部の痛み。

 けど何も攻撃がみえなかった。


 命より大事な剣をこぼしたことに気づく。


 死の間際まで絶対に離したくないと思っていた。握って死ぬことこそ、本懐と、家族とともに生きなければと思いながらも、剣とともに死ぬことを夢見ていた。


 太刀が遠い。手を伸ばす。手が伸びない。

 身体が動いてくれない。

「ぁぇ?」

 声がでない。


 怪物が見下ろしている。

 強き者と戦いたいと願っていた。

 死線に活路を見出す快感に囚われていると思っていた。

 自惚れだった。

 強すぎる者と戦うことは楽しくない。

 無力だ。


 怖い。

 怖い怖い怖い。


 闇夜に浮かぶ、赤い眼。

 黒髪に赤眼。

 身体が震える。武者震いではない。

 これは、死への恐怖。

「やへて」

 やめて。


 もう一度頭部への衝撃。死の間近はゆっくり見える。

 今度はわかった。

 ただの右のフック。


 意識が途切れる。

 これが最後の光景だった。

 そう思っていた。


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