第11話 野盗団夜哭①

 (バルク・トリスタン視点)


 バルクは困惑していた。

 野盗団、夜哭やこくのアジト。

 ヴィクトル家の治める領地、首都アルヴェリオンの街中の酒場の地下。


「オルウェン様、報酬ありがとうございます。しかし、娘に接触するのはやめていただきたい。この稼業は家族には伝えていないので」


 と王都貴族へイゲル・オルウェン卿に伝えた所、怪訝な顔をされた。

 けれど二度と娘に関わって欲しくなかったため、念を押す。

 なおも言い募ると、虫を払うような仕草をされた。


「何を言っている。私は何もしていない」

「ならば、これは何ですか?」


 手紙を渡す。オルウェンを名乗る者から娘がもらった手紙だ。

 オルウェンは中を読み、手紙を破った。


「いたずらだ」


 そう一言告げた。

 いたずらだとしたら余計に困る。私の素性を知っていて、オルウェンとの関係も気づいていて、娘と接触しているのだから。それはいたずらという名の脅しとなる。


 いつでも大切な者を奪える。

 いつも見ている。

 そしてそれが私に最も効果的であるとも知っている。


 そういう厄介な脅し。


 あるいは。

 まさかこの男、私を切り捨てる気か。


 一瞬殺すか迷った。だが、娘や妻が人質になっている可能性すらある。

 今はまだ下手をできない。

 今日のミッションを終え次第、娘と妻の無事を確認し、逃亡するしかない。

 感情を消す。


「そうですか。いたずらならば仕方ない」

「それよりも、エレーナはくれぐれも殺すなよ。他の者は必ず殺せ。生きて帰すな」


 下衆な顔だ。へイゲル・オルウェンは貴族と言っても清廉潔白せいれんけっぱくとは程遠い男だった。

 令嬢エレーナの未来を思うと不憫だ。


「バルクには期待している。、バルク・トリスタン」


 妻の病気を治すため、金が必要だった。金に目がくらみ、賄賂わいろを受け取り、バレてしまい、首になった肩書を強調するように言う。


「お前は金に意地汚いが、腕は確かだった。私でも覚えているくらいだからな。今日と明日、仕事をこなせ。しっかりと金は払おう。励め。馬車馬のように働け」

 グフ、グフフ、とオルウェンは腹を揺らして笑う。


 計画決行者、へイゲル・オルウェン卿はエレーナの身体を。

 支援者、ラフィーナ・エステール侯爵こうしゃく令嬢は、エレーナのうつくしさへの嫉妬が動機。


 くだらないが、貴族の世界では聞く話だった。


 今日のアジトは慌ただしい。

 橋を落とす必要があったから。

 令嬢エレーナの移動経路を絞るため。

 明日は彼女がハイランド領へ戻る日。そこを狙う計画だ。


 ヴィクトル家の治める領地、アルヴェリオンからハイランドへ、魔物を避けて向かうには二経路。

 山を越える、あるいは橋を渡る。

 安全に行き来するには、教会の人間が結界というインフラを整えた、彼らが指定する山路やまじ、あるいは橋を使う道の二経路しかない。


 『神聖教会イルミナス』の結界によって作られた経路以外は、強力な魔物が溢れ、危険だから。


 そのうちの橋を打ち落とし、山峡で待ち伏せ令嬢エレーナ一行を襲う計画だった。

 彼女の従者は皆殺し。彼女は生きたまま、オルウェンの元へ。

 

 彼女に罪はない。

 だが。

 小太刀を腰に、小柄な女性ほどもある長く美しい大太刀は鞘に収め、手で持つ。

 

 今日は橋落としの護衛。目撃者の排除。


 終えたら報酬を受け取り、家に戻りすぐに妻と娘を連れて国外に逃げる。


 きな臭い空気を感じたから、逃げることにする。

 そう決意した。


……。


 夜中、人々が寝静まった頃。

 バルク・トリスタンはアジトの傭兵どもと橋の元へ向かった。


 橋に到着すると、その前には二人の子供がいた。

 魔法のランタンで周囲を照らしている。


 黒髪赤目の少年と、黒髪青眼の猫耳の仮面をかぶった少女。

 防御という言葉を知らない、動きやすさ重視の軽装。

 双剣の装備。


 私は目配せする。何人かが周囲の探索に向かった。伏兵の存在はあり得ないとは思う。二人の子供を正面に置き、伏兵を配置して挟撃するとしたら胡散臭すぎるから。

 念のための斥候せっこうだ。

 

 二人の子供はこちらに気づいていた。けれど何も仕掛けてくることはない。

 ただ橋の前を陣取っている。


 女の方は二振りのマチェットを曲芸まがいの動きで、くるくると回していた。

 暇を持て余すかのように。

 器用な奴だ。

 そして不気味。

 かわいらしくも見えるし、悪魔のようにも見える。

 

 周囲に誰も伏兵がいないことを確認できたため、近づき声をかける。


「子供は寝る時間だ。こんな夜更けに出歩いていれば、怪しまれて殺されても仕方がないぞ」

 

 対する黒髪の少年は声を張り上げた。


「へイゲル・オルウェン卿。ラフィーナ・エステール侯爵こうしゃく令嬢」


 夜哭やこくの幹部がざわつく。依頼人である彼らを知っているのは、オルウェンに直接雇われた私の他には、一部の幹部のみ。


「野盗団、夜哭やこく。そして傭兵バルク・トリスタン」


 少年の声は良く響いた。そして、野盗はみな、彼らを始末しなければならないと気付く。名を知られているから。正体を知られているから。作戦を見抜かれているから。


 エレーナ一行を襲うという目的も間違いなく分かっている。

 そうでなければ、橋の前に待っていないから。


 我々の中に裏切り者がいる可能性すらあった。


 少年は地面に置いてあるランタンを顔の高さに持ちあげる。

 顔を見せつけるような仕草。

 何の意味があるのだろうか。


 夜哭やこくの幹部の一人がふきだした。嘲笑うような、笑い。


 なぜ、と思ったが理解する。

 少年は、かの有名なヴィクトル家の落ちこぼれだったから。


 ヴィクトル家領地に住む者で知らない者はいない。私自身は王都出身だが、彼の噂はとどろいていた。優秀なヴィクトル家の唯一の汚点。

 家族はみな茶髪・金髪だが、彼は黒髪、赤い眼。

 性格破綻者。その逸話を数え上げればきりがない。


 無能で最低な性格で有名な、ヴィクトル家の小悪党エドガー。

 そんな小物が30を超える人数の我々の前に、たった二人で待ち構えているのだ。軽装で。

 だからみな、笑った。

 馬鹿にした。


「殺してもいいんですか?」

「もちろん首を盗ればボーナスだろ」

「雑魚を狩るだけで金が入るのか」

「早いもの勝ち」


 楽な相手、そして金になる。その事実が我ら悪党の心をおどらせる。

 許可を出す前に、我先にと夜哭やこくの面々が、彼らの元に駆けだした。


 だが違和感。


 無能がなぜ我々の前に立ちはだかるのか

 なぜ我々の先回りをしているのか

 なぜ正面から余裕を持って待ち構えているのか


 マチェットを中空に投げて遊ぶ、曲芸まがいの行動を止めた少女が、地を滑空するように駆けだす。黒髪青眼。青い眼が、闇夜の底を駆け抜ける。

 彼女の通過した先では男どもが血を噴きだし叫び声をあげた。


 そして――私は龍を見た。

 ただの幻覚。

 龍の一撃と思えるような光景だったから。


 欲に目がくらんだ、エドガーの首を盗ろうと群がった傭兵たちが


 悪夢の始まりだった。



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