第10話 悪には悪を


 野盗団討伐日の晴れた朝。

 ヴィクトル家の裏庭。干されている洗濯物が風になびいている。

 大量の洗濯物が入ったカゴを持った状態で、ネイが叱られていた。


 尻尾を丸め、耳を伏せていた。

 俺が普段セクハラしているメイドが、その耳を掴み上げて顔を近づけた。


 距離のある俺の元まで聞こえる声で叫ぶ。

 ネイが彼女の手を振り払い洗濯物を地面に落として、耳を押さえてしゃがみ込んだ。洗濯物を落としたことに、メイドはさらに怒った。圧倒的な強さがあるのに、ネイは歯向かう様子はなく、ただ身を縮こまらせている。


「おい」


 振り向くメイドを軽く蹴り飛ばした。

 メイドの足が宙に浮き、支えをなくして尻から落ちる。

 あぁ、と痛みに叫んでいた。


「え、エドガー様っ……何をなさる――」

 メイドの耳を掴んで引き寄せる。

「お前がしたことをしている!」

 耳元で叫んだ。


 うずくまるメイドに言う。

「ネイに触れるな」

「っ! っ! この子がミスをしたから! 私はっ!」

「関係ない。二度目はない。次は殴る」


 ネイを立たせて、服の汚れを払っていく。

「ネイ。ついてこい。仕事だ」

 俺は返事を待たずに、自室に向かう。

「……うぅっ」


「はやくこい」

「ア、アイ……」


 ネイはメイドを振り返り、迷いに迷い、俺についてくることを選んだ。後ろをとぼとぼとついてくる。


「え、エドガー様っ! 困りますっ! 落とした洗濯物もこの獣人にやらせるべきでしょう!」

「お前がやれ。ネイは別の仕事ができた。それは、お前の仕事だ」

 旦那様に報告するだとかなんとか、叫んでいたがどうでもいいことだった。


……。


 自室に連れ込むとネイは警戒に尻尾を太くしている。なぜか怒られると思っているようだった。

「エドガー、シャマ。仕事? 何、デスカ?」

「寝ることだ」


「ネル? ネイ?」

 ネイは自分を指さす。

 俺は笑って、俺のベッドを指さす。


「寝る」

「ネル? ナゼ、デスカ?」


「今日、夜。狩り。大事な狩り。狩りの準備」


 ネイはぱっと顔を輝かせて、ふんふんとマチェットを振る仕草をする。

 理解したようだった。

 その後、メイド服を脱ぎ捨てた。


「……なぜ服を脱ぐ」

「服! 汚イ! エドガー、シャマノ、ベッド! 汚イ! ダメ!」


 怒られないとわかったからか、二人だけだからだろうか、ネイは先ほどの悲しんだ様子から一転、元気になる。


 その後、いそいそとベッドの中に入る。ちょっと慣れた様子だった。もしかしたら気づかないうちに俺が寝ている間に入っているのかもしれない。

 丸まって、すっぽりと毛布にくるまり顔だけ出す。満面の笑み、その後悲しそうに眉を垂れさせる。


「エドガー、シャマ? ベッド……」

 ネイの頭をなでる。

「俺は街に用事がある。ネイは寝ることが仕事だ。夜、期待している」

「キタイ……っ!」

 ネイは理解したように目を輝かせ頷いて、目を閉じた。全力で寝ることにしたようだ。

 

 ここ最近、連日のレベル上げで睡眠不足だったから。今日は昼間ぐっすり寝てもらう。ネイが寝入ったことを確認し、自室の鍵を閉めて、三階の窓から外へと出る。


 着地。


 都合の良いことに、ジェイコフが目の前にいた。探す手間が省けた。丁度良い。

 花に水をやっていた彼は目を見開いている。

 今日からジェイコフを倒すことを止めたので、自室以外で会うのは新鮮だった。


「エドガー様。何事ですか? 今窓から出てきましたよね? わんぱくが過ぎますが。旦那様に怒られる……ん? そもそも愚鈍なエドガー様が三階から降りられるはずが――」

「俺の自室の前に立っていろ。誰も近づけさせるな」


 ジェイコフは萌えキャラのように腰に手を当てて、これだからエドガー様は、と仕方ないなーとつぶやいて言った。


「……なぜ私がそんなことをしなければならないのですか? 意味がわからないこと言っていないで勉強に、訓練に、励んでください。私はエドガー様を信じているのです。あなたはきっと輝く。そう。きっとだ――」

「早く行け。〇すぞ」


「ハァハァハァ、ハァハァハァ」

 ジェイコフは呼吸を荒げた。今まで倒されてきた記憶がフラッシュバックしたのかもしれない。


「い、いきなり、罵倒!? にゃ、にゃぜっ!? わ、私にも仕事が――」

「早く行け。〇すぞ」


 拳を振り上げると、ジェイコフは尻尾を巻いた猫のように走って行った。きっと部屋の前で待機してくれることだろう。


「ありがとう。ジェイコフ」

 ジェイコフが育てている花に向かってお礼を伝える。

 お礼は大事だから。


「なぜ花に話しかけているんですか?」

 通りがかったエレーナが冷たい目を向けてくる。


「花はいいものだ。ハイランド様、明日は領地へ戻るそうで」

「花を愛でるやさしさはあるのですね。えぇ。婚約は解消です。元々小さい頃の、両親の話し合い。強制力はありませんでしたから」


「そうですかそれは残念。最後の思い出に何かと思いましたが、今日は相手をできそうにない。申し訳ない」

「忙しいようで、それは良いことを聞きました。ごきげんよう、エドガー様」


 エレーナが得意げに笑みを浮かべる。

「でかい胸を見ることができなくなるとは残念だ」

「……ずっと言おうと思ってましたが、胸を見て会話をするのは失礼です。ここ最近は私の胸と会話しています。目を見て話すのは常識です」


「ハイランド様にしか、やりません。決して。決して、他の人の胸と会話はしません。信じてください」

「最低ですね、さようなら」


 エレーナはぷんぷん怒って散歩の続きに向かったようだ。


……。


 街で飴と花と宝石を買った。

 その後、街から少し外れた、一般的な平民が暮らす家の前に来ていた。ここは地主の貸し家。


 借りて住んでいるのはトリスタン家。

 バルク・トリスタンは表向きは木こり。

 裏の顔は傭兵。

 今は野盗団、夜哭やこくで傭兵稼業をしている。エレーナを襲うことになる野盗の中で、唯一俺達の脅威になりそうな、大太刀の使い手だ。


 彼は傭兵稼業を家族に黙っている。だから妻エリザやその娘セリナはいたって平凡な善良な市民。

 家の外には昼食の匂いだろうか、しあわせな香りが漂っていた。


 家の外でバルクの娘を見つけた。

「こんにちは」

「……こんにちは!」

 挨拶をするように教育されているのだろう。そしてしあわせそうな笑みだ。いかに大切にされているのかが伝わる。


「セリナさんかな。僕は君のお父様……バルク様の知り合いだよ」

 少しの警戒。

 何もない所から花を出して見せると、目を輝かせた。


「これは君にあげよう」

 娘は花を受け取り笑みを浮かべる。

 ついでに飴も手渡すといよいよ信用してくれた。


「秘密のプレゼントがある。バルク様を喜ばせたい。君に協力して欲しい。できるかな?」

「できる! もう6歳だから!」

 指を示して見せる。


「この宝石と手紙をお父様に渡してほしい。いいかい? 決してお母様に見つかってはいけない。仕事から帰ってきたお父様に隠れて渡すんだ。そして『オルウェン家』と伝えること……できるかな?」

 青い宝石と手紙を渡す。

 大切そうに両手で受け取り頷いた。


「君のお父様は喜ぶよ」

「できる!」


 手を振り別れた。


 あとは街のギルドで関係カ所への手紙の配達を依頼。


 ネイの素顔を隠す悪役らしい面も買っておく。

 念のためだ。

 俺の分はいらない。野盗は一人残らず滅ぼすつもりだから。

 容赦を加えて、エレーナが不幸になる展開は望まない。

 彼女には笑顔がよく似合うから。



 悪には悪を。

 情け容赦のない悪を野盗団へ。

 野盗狩りの夜が訪れる。

 

 

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