第9話 悪役貴族と悪役従者


「メニュー。ステータス」


LV:35

HP:2270

MP:5

SP:2450

ATK:240

DEF:5

SPD:465

LUCK:340

GLS:32


 LVは35に到達した。

 ジェイコフのレベルを超えてしまったため、今後はボコボコにするのはやめる。

 アイテムを要求することはやめないが。


 朝一の日課、ジェイコフボコボコスパイラルでブーストしている恩恵だった。


 一撃が致命傷となるエドガーは、ここまでLVを上げることに大概は苦労するため、諦める者、あるいはゲームオーバーとなる者が多い。

 相変わらずDEFは上がらない。

 紙装甲のエドガーだが、35を超えると魔眼が覚醒する。

 

 赤い光は今まで通り、敵の弱点。

 追加されるのは青い光。青は動きの中の弱点。一言でいえば重心の崩れる点。


 青の光は、体重移動や状況により変化する。重心の移動や沼地などの地面の状況などにより、弱点部分が変化していくのだった。


 相手の勢いを利用する、合気道のような戦い方。

 相手の勢いを殺す、技潰しのような戦い方。

 そして赤と青の混じった箇所は会心の一撃となる。


 赤は固定されているから狙いやすい。ところが青は動きの中で変化するため、狙うのは難しい。だが、使いこなせれば、格闘戦において絶対負けることはない。


 例えばそう。圧倒的な体格のオーク相手でも。


「グガアアアアアアア!」


 オーク。45LV。エリアボス。3mに到達する巨体。だるだるの脂肪は見た目だけ。中には筋肉が詰まっており、彼らの脂肪はただの重りではなく物理・魔法双方に対する防壁となっている。


 直線的な動きは俊敏。動きのモデルは相撲を取り入れているのだろう。

 体格差による圧殺という、近隣一体のエリアボスとしてふさわしい動きだ。


 俺の胴体ほどもある、太い右腕が眼前に迫る。

 その剛腕に沿って青い軌跡が光っていた。その一点、前腕上部に青い軌跡に混じった赤い点がある。

 左手を


「グギャアッ!」


 オークの巨体が殴りかかってきた勢いそのまま、宙に浮かび回転する。右の腕はひん曲がり、先ほどとは違った、痛みによる叫び声が一帯に響く。


 オーク自身の力と勢いの方向性を強制的に変えられた衝撃。

 この世界のゲーム理論がもたらす理不尽。

 悪役貴族エドガー・ヴィクトルに与えられた才能。


 チャンスを虎視眈々こしたんたんと狙っていた小さな影が、暗闇でうごめいた。


「ネイ」


 声をかけるまでもなく、ネイが疾走。


 地を這う、蛇の如く。

 獲物を狩る青い瞳が、地面から宙に浮かぶ。

 下からうなるマチェットの一閃。


 俺が魔眼で見ているオークの赤い弱点を、ネイは知ってか知らずか、素早くやわらかい剣筋で薙いだ。剣筋に沿って、赤い会心の一撃のエフェクトが暗闇を照らしていく。


 美しい剣の軌跡。


 野生の勘か。これが作中最強格の所以ゆえんか。

 二振りあるマチェットの一振りだけで、オークの生を終わらせてしまう。


 一撃。

 一刀両断。


 中空で痛みに叫ぶオークは、そのままきれいな光となって闇夜に消えていく。

 ボスであるが、結末はゴブリンどもと変わらない。

 既に俺もネイもここら一帯では、オーバキルな存在だった。


 叫び声に誘われたオークが何体か現れた。

 オークはエリアボスでありながら、集団で行動する、理不尽な存在でもある。

 豚顔を警戒に染めている。


 仲間の声がしたはずなのに、既にオークはいないから。


 奴らは喋れないが、知能はある。そして仲間思いでもある。集団戦も行える知恵もあるのだが、元来、身体能力を活かした直線的な戦い方なため、集団的な戦いが不向きでもあった。


 複数のオークとの戦い方は乱戦。混戦が最も正解。

 そして彼らの剛力は受けてはいけない。防御ごと潰されるから。

 ノーガードこそが効果的に打倒できる方法だ。


 恐怖に打ち勝ち、懐深くで攻撃を避け、狩り尽くす。

 俺とネイは乱戦上等を地で行く、防御なしの戦い方が主。

 こんなに相性の良い相手はいない。


 同士討ち狙いと、相手の勢いを活かしたカウンター、相手の知能と仲間思いを悪用した戦い方を狙っていく。


「さて。ネイ。本番だ」

「ウン! ソバニイル! キケン! ニゲル! 生キル! 約束ゥ!」

「そうだ。今日も生き残るぞ」


 頷くとネイは獲物を見据えて、大きな青い瞳を細めた。


 空気が変わる。


 かわいい気配は失せ、強者の風格が漂う。

 勇者を操る多くのプレイヤーを苦しめた、悪役従者が顕現けんげんする。


 牙をむき出しグルルと喉をならす。

 獲物を狩る前傾姿勢。


「殺るぞ」


 俺の声を起爆剤に、地を蹴り、オークへ疾走した。

 先行したネイをサポートするように俺も追随ついずいする。


……。


 離れた所で、オークの赤い血にまみれたネイがぷんぷんしていることに気づいた。

 周囲一帯にはオークの落としたアイテム。

 オーク。


 マチェットをぶんぶん振り、血を振り払い、服についた血を必死に取ろうとしている。血は伸びるばかりでネイは今にも泣いてしまいそうに見えた。


 だけど、

「おい! ネイ!」

 掛け声を失敗した。


 ネイは倒れているオークではなく、俺を見てしまう。悪いことをした顔。怒られるのを恐れる顔。

 服が汚れるのなんてどうでもいい。

 何も悪いことはしていない。


 ネイの元へ駆ける。

 

「ふぇ?」


 間の抜けた声の後に大きな金属音。

 倒れていたオークの剛腕がネイを襲った。

 音を聞く限り、ぎりぎりマチェットで防いだようだ。


 ネイが吹き飛ばされる。

 あり得ないほどの勢いで、宙に浮かび、ごろごろと転がっていく。

 俺の隣を通り過ぎ、風を感じた。

 

「チッ」


 地を蹴りながら短剣を投擲。

 オークの目に突き刺さる。

 叫び声をあげる前に巨漢の懐に飛び込む。

 赤と青の混じる点、脇腹の下をえぐるように右のフック。その勢いのまま、飛びあがり、回転、遠心力を加えたかかと落としで顎を蹴り抜いた。


 着地と同時に短剣を、膝を落として地面にひざまずくオークの、真っ赤に光る喉に突き刺す。

 光となって消えていく。

 時間にして1秒。


 武器を放り投げて、ネイの元に走る。

 うまく進まない。

 焦りで遠のく。

 大丈夫。ネイは強い。オークの一撃で死なない。

 だけど。

 今回はやり直しがきかない。


 手足をでたらめに動かしネイの近くにたどり着く。

 息はある。血は出ていない。骨も……。

 ピクリとも動かなかったネイが、ぴょんと上体を起こした。


「痛クナイッ!」


「あ……」

 安堵に胸をなでおろす。

 ネイのおでこは真っ赤だった。

 地面に鼻を打ちつけたのだろう、鼻血が少し出ている。


 当たる瞬間、後ろに飛びのいて衝撃を分散したのか。

 だから派手に飛んだ。

 良かった。


「キケン! 違ウ! ニゲナイ! ヤ、約束!」


 ネイはパタパタと手を動かす。

 違う、違うよと訴えるように。青い瞳いっぱいに涙を溜めていた。

 約束を破っていないとアピールするように。


「エドガーシャマ! ヤ、約束ゥ! 捨テナイデェ!」

 

 ネイの頭を撫でる。

 安堵の表情を浮かべた。

 

 だけどしっかりと叱る。

 俺はぷんぷんだったから。なぜ戦闘中によそ見をしたのか。


 ネイは泣きながら何事かを獣人語で話していた。よくわからない。

 ゆっくりと聞いていくと、服に着いた血が嫌だったらしい。


「エドガーシャマ! 服ゥ! うぅ! コレ! コレェ!」


 もらった初めてのプレゼントだから。


 ネイは一生懸命に伝えてきた。


 俺は気が抜けて笑ってしまう。

 それらのプレゼントがどうでもよくなるくらい、沢山のプレゼントを与えようと思った。物は代わりがきく。ネイの代わりはいない。それがいつか伝わるといい。

 俺にとって一番大切なのはネイ自身なのだから。


 ネイの涙を指先で拭いていく。

「うぅ。エドガーシャマ……」

 戦いの中で見せた、悪役従者を彷彿とさせる気配が嘘のような様子だった。


……。


「メニュー。ステータス」

LV:35 → 38

HP:2270 → 2510

MP:5

SP:2450 → 2690

ATK:240 → 270

DEF:5

SPD:465 → 525

LUCK:340 → 385

GLS:32


 オークの肉

 オークの耳


 肉ゲット。


 オークは薄ピンクの二足歩行の豚であり、醜悪の見た目の割に、綺麗好きなのか匂いや臭みはなくドロップされる肉はうまいのだった。


 実際にオークを解体するとなるときっと食欲が失せるだろうが、この世界は入れ物に入った肉の切れ端としてドロップする。

 それがありがたかった。


 亜空間は腐らないしな。多分。

 転生前のゲーム内ではそうだった。そうであってくれよ。頼むから。


 今度時間を作って、ネイと二人でBBQすることにする。下味と下ごしらえをしっかりしよう。ネイの喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る