第8話 オーク狩り前
ネイは今日は料理をこぼさずに配膳できていた。
心なしか機嫌が良いようであった。
「にゃふっ」
ふんふん、と自信があるような雰囲気を感じる。目が合うと慌てて、視線を逸らして、尻尾を股の下に隠すのだが。
さらにじっと見つめてみると変なポーズをとる。
視線を飯に戻すと、
「にゃふっ」
とふんふんと機嫌よさそうな雰囲気を感じる。じっと見られている気配。
食事を見られるのは食べ難いからやめて欲しいのだが、何か伝えることで怯えられても困るので、好きにさせていた。
「ありがとう。おいしいよ、ネイ」
お礼を伝えたが返事はなかった。
目を向けると、代わりに一歩近づいていた。相変わらず目が合うと変なポーズで警戒しているのだが。
昨日の夜、少し話せたことで緊張も減ったようだった。
ただ、ネイの肌に所々残るアザが気になった。獣人は治りが早いため、出来立てだろう。
それと、昨日服を汚して帰ってきたことで怒られただろうか。
追放ルートの中で、この時点でここまでネイと距離が近くなることは初めてで不確定要素が多い。
転んでしまうことも多いようなのでわからない。
まぁ機嫌が良さそうだし大丈夫だろう。
屋敷の住人にちょっかいをかけられていたら、もっとしょげているから。
いつものルートなら。
……とはいえ、やっぱり心配だからネイの動向は注視することにした。
……。
この日も執事のジェイコフを倒して二度寝をしていた。
毛布の中が暖かい。
「人肌。いや猫肌のあたたかさか」
ネイが俺の毛布の中で身体を丸めていた。昨日も夜遅くまで活動していたので眠かったのだろうが、ネイ、これは完全なサボりだ。
怒られるぞ。これは。
髪を撫でる。さらさらのふわふわだ。
耳はもふもふ。お日様の香り。
ネイたん可愛過ぎる。
「エドガー様、これはどういうことですか?」
年配のメイド、アンナが俺を起こしにきたようだ。
毛布を剥ぎ、見下ろしていた。
「……奴隷をどう扱おうが俺の勝手だろう」
抱き枕という名のネイをもふもふしながら言い返す。
勝手にネイが入ってきていたのだが、伝えるとネイが怒られるだろうから。
俺が連れ込んだことにする。
念のため尻も触っておく。変態貴族っぽく。
ついでに尻尾にさわった。もふもふだ。
「はぁ。構いませんが、周囲の者からの目は厳しくうつります。包み隠さず言えば、今のエドガー様は変態です。相手は獣人の子供ですよ。そしてあなたもまだ子供です。
「首にするぞ」
「権限ありませんよ」
「確かに」
はぁ、とアンナはため息をつく。
「ご令嬢、エレーナ・フォン・ハイランド様が今日も退屈そうにしています。待ってくださっていますので、急いでください。少しでも名誉挽回してくださいね。エレーナ様は帰りたいとおっしゃっているらしく、旦那様はエドガー様をクズだクソだと、お怒りでしたよ」
「事実だからな」
「いいのですか? 代わりにとばかりに美しいエレーナ様をアレクサンドル様が口説いていますよ。旦那様は良い顔をされませんが」
兄のアレクサンドルには、王都に有力貴族の許嫁がいる。
エレーナは美しいとはいえ、田舎の辺境伯。父のような権力や地位に目がくらんだ者にとって優先すべきは広い土地や地元民からの支持より、目立つ王都だ。
とはいえ辺境伯の広く所有する土地も魅力で、エレーナとの婚約も大事とは思っているのだろう。出来損ないの俺が射止めれば、という思いなのだ。
「兄にも許嫁はいる。刺されるといい。きっとその日はミルクが旨い。勝利の美酒だ」
「美酒ではなくて勝利の美乳になりますね」
「……」
「……困りました。エドガー様と話すと知能指数が著しい低下を引き起こします」
「そんな、アンナが素敵だ」
アンナが首を傾げる。
「雰囲気、変わりましたね。もっと
「ふざけるな! あの顔と乳だけ令嬢! こっちから願い下げだ、追い出せ! 最後にあのデカ乳を揉みしだいてやる! クソ兄貴諸共、追い出せ!」
「私の気のせいでした。このままでは追い出されるのはエドガー様になってしまいますよ」
メイドは冷たい瞳で、寝ぼけているネイを回収して、出ていった。
今日もほどほどにエレーナの相手をしよう。
……。
夜。今日も今日とて、結界の外。
周囲一帯にはホブゴブリンの落としたアイテム。
GLSが30を超えたことで、通常のゴブリンと遭遇することは少なくなった。いるにはいるが、俺を見ると逃げていく。ホブゴブリンばかりが俺達を襲ってくる。
ネイは二刀のマチェットを振り、流れる動作でモンスターの血を振り払い、背中に帯刀した。
ショートパンツ姿に、街で買ったマチェット二振り、服も含めて一式を渡した時は大変喜んでいた。
うぅ! うぅ! にゃふにゃふ! とぴょんぴょん飛び跳ね、踊り、獣人語でなにやら、まくし立てていた。残念ながら何を言っているのか何もわからなかった。
このゲームは不思議で獣人語は分からないようにできている。
かわいいネイだが、格闘センスは悪魔的。身体も柔らかく、身のこなしは荒々しくも達人のそれのように見えた。いや修練の果てに至る達人の動きではなく、生まれながらの天武の才か。
独特な間合いと緩急。ゲーマー泣かせなムラのある、計算のできない動きの数々に、勇者を操っていた時は大変苦しめられた。
作中でも最強格になるしな。長く生きれば生きるほど。
夜行性なこともあってか、今日もネイは元気だ。昼間は眠い中、頑張って仕事をしているのだろう。
ここ三日はネイと夜にレベル上げをしていた。
だいぶ強くなった。
そろそろエレーナは帰る頃合い、明日はいよいよ彼女を襲う野盗狩りに行かなければならない。
「ソバニイル!」
ネイが手を繋いで、こちらを見上げる。
いいの? と言っているかのような表情。
頷いて応えると、耳がピンとした。
「もうゴブリンは楽勝だ。近郊一帯の主、オーク《ぶた》でも狩に行こう」
「ブタ! ブタ? ブタ狩!」
狩ると言う言葉を覚えていて、ぶたというモノを狩るのだと理解しているのだろう。
むん、とやる気に満ちている。
俺は短剣を振り上げた。
ネイは手を繋いだまま屈む。
「危険! 逃ゲル!」
「そうだ。ネイ、偉いぞ」
「ウン! 危険! 逃ゲル!」
「あぁ。約束だ。お互いに生きること」
小指を出すと、嬉しそうに、小指をからませてくる。
「うぅ! 約束! 生キル! ソバニイル!」
苦肉の策で、日本の指切りと約束を教えた。
詳しい内容は伏せて、二人だけの破ってはならない誓い、ということを伝えて。
これをするとネイは言うことを守ってくれることに気づいた。
戦闘でも俺の方を意識するあまり、相手の攻撃をもらう場面があったが、自分のことに集中するように約束したら改善された。
結果、目の前の敵を
野党狩りの前の肩慣らし。さて、オーク狩りに行こう。
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