第7話 辺境伯令嬢


「いつまで寝ているつもりですか? エドガー様。小さな子供だろうと、もう起きている時間ですよ。はぁ。相変わらずですね。今日は許嫁である、辺境伯令嬢エレーナ様がいらっしゃいます」


 昼前、ジェイコフが部屋に来た。

 無事にリスポーンしたようで、俺はジェイコフのケツあごを見て安心する。

 俺は伸びをしてベットから起き上がり、窓を開けた。

 突き抜けるほどの青空、気持ちの良い朝。さわやかな風が入ってくる。


 だがまだ眠い。


「気持ちのよい朝、という顔をしていますがもう昼です。夜更かしも大概にしてください。ただでさえ、ご兄弟から遅れをとっているのですからもっと努力を……ん? なぜエドガー様、肩をぐるぐると、ん? なぜ屈伸? 部屋の隅で、え? なぜ私の方に、どこか既視感が――ぶげらっ!」

「アイテムをよこせ」


 今日もジェイコフをぼこぼこにする所から始まった。


 俺はジェイコフを倒した。


「メニュー。ステータス」

LV:18 → 21

HP:850 → 1150

MP:5

SP:850 → 1050

ATK:80 → 100

DEF:5

SPD:150 → 185

LUCK:100 → 130

GLS:6 → 7


 ポーション(小)×20

 3000G

 ジェイコフのパンツ(かなり汚い)


 を手に入れた。


……。


 東北の辺境伯ご令嬢、ハイランド家の、エレーナ・フォン・ハイランド。

 対面に座る美少女。二つ年上の14歳。

 長い白髪、スタイルは良く、大きいが眠そうな瞳、顔は小さい、楚々とした完璧令嬢。王都の貴族のご令嬢も裸足で逃げ出す容姿だ。


 整い過ぎて冷徹に見え誤解される見た目、けど中身は民のためにという責任感の塊。本当は恋に恋する甘えたがりな乙女。


 エレーナのルートを選択したことは何度もある。好きなキャラクターの一人だった。ただエレーナルートは、とある理由で敵との闘いが多くあるため、ネイを守る上で避けたいシナリオとなる。


「つまらない、ですか? エドガー様」

「いえ、そんなことありませんよ。ふわ。ただ眠くて。エレーナ様に会えると分かって、楽しみで眠れませんでした。へへ」


 エレーナの大きな胸に視線を向ける。

 表情の変化もなく、眠そうな瞳でただ見つめ返された。


「エレーナ様はどうしてここへ」

「許嫁、ですから」


「ヴィクトル家とのつながりがハイランド家に必要なのですか? 金ですか? 地位ですか? 王都との人脈ですか?」

「……なぜそんな嫌な言い方をされるのです?」


 彼女の整った片眉がぴくりと動く。

「へへ」

「……」


「俺の噂は聞いているでしょう。実際会ってみてどうですか?」

「まだ、わかりません」


「噂くらい聞いたことがあるでしょう。その通りの人間です」


 俺は給仕に来たメイドの尻を触った。

「っ!」

 いつもなら俺を殴るメイドは我慢した。エレーナの前だから。


「噂通りの人でしたら、自分からそのようなことは言いません」

「そうだろうか」


 メイドの胸を触る。

「やめっ」


「エドガー様」

 エレーナが淡々と言う。

「やめてあげて下さい。泣いてしまいそうです」


「エレーナ様が頼むのなら今だけは、やめましょう」

 メイドはエレーナに一礼してパタパタと走って部屋を出ていった。


「同意があるのなら、誰と何をしようと私は何も言いません。そうでないのなら、今後そういった行為はやめてください」

「嫌です」


 眠そうな大きな目を開いた。初めてエレーナの表情が変化する。すぐそれは嫌悪感に変わっていく。

 ゴミを見る目。


「何故ですか?」

「尻と胸はいいものだから。やわらかくて好きだ。ずっと触っていたい。だから触った。それはおかしなことだろうか」

「……ですね」


 そこからはしばらく、何を話しかけてもエレーナは答えることがなかった。

 ツンと美術品のように表情を固定している。

 だからあえて話し続ける。


「好きな食べ物は何ですか?」

「将来子供は何人欲しいですか?」

「すごく綺麗ですね。髪も肌もうつくしい」


 内心ではきっと、ぷんぷんに怒っている。俺の見ていない所では地団駄を踏んだり物を蹴ったりすることだろう。


 エレーナは感情豊かでかわいいのだ。

 家のために色々と我慢しているだけ。

 今も我慢して健気に俺の前にいる。

 俺のためではないが。


「……なぜ笑うのですか?」

 どうやら笑ってしまったらしい。


「いえ、エレーナ様が俺のモノになると思うと――」

「スケベなガキですね」


 婚約も破棄するつもりなのだろう。

 呼び方が明確な罵倒に変わっていた。

 元より強制力のない許嫁だ。エレーナの美貌を欲する者は数多あまたいるし、俺の駄目さ加減は世間にとどろいている。


「へへ」

「胸を触ったらぶん殴ります」

 

 近づくと警戒された。


「なら今はやめましょう」

「一生触ったらぶん殴ります。年下であっても、泣いても、謝るまで殴るのはやめません。私、怒るとすごく怖いです。こういう悪ふざけ嫌いです」


「俺は好きだ。エレーナ様の顔も好きですよ。かわいいから」

「私、あなたの顔、ぶん殴りたくなります」


「へへ」

「笑うのやめてください」


 村娘のような態度。年相応にぷんぷんと怒った。ご令嬢らしくない、素のエレーナの言葉と行動が嬉しくなる。


 エレーナ一行は帰り道、野党に襲われることになるのだが、そこは陰から守ることにする。これだけ嫌われても、表立って守ると彼女のルートになってしまうから。


 俺の非により許嫁を解消されることで、追放ルートへと大きく傾く。

 エレーナとは楽園構築前後、隣の国……良き隣人として関わることになるので、嫌われ過ぎるのは良くないのだが。


 かわいいエレーナのツンと澄ました顔を見ていると、ついセクハラしてしまう。

 半分はルートのため、半分は彼女の怒る表情が見たいから。


「メニュー。ステータス」

LV:21

HP:1150

MP:5

SP:1050

ATK:100

DEF:5

SPD:185

LUCK:130

GLS:7 → 28


 すばらしい効果だった。何ならそろそろやめないとまずいくらい。


「何を言っているのですか? いきなり。頭おかしいのですねエドガー様は。変態でスケベで頭のおかしなガキなのですね」


 嫌われていっているはずなのに、エレーナは表情は明確になり口数が多くなっているのだった。活き活きと罵倒していく姿に笑う。


「なぜ笑うのですか? 余裕を感じるその笑い、嫌いです。私、すごくすごく怒っています」


「気狂いエドガーの大予言をエレーナ様にお伝えします」


 真面目なトーンで話す。

 いきなりの言葉に怪訝けげんそうに眉をひそめる。


「再来年、ハイランド領地は飢饉きがに見舞われる。食料の備蓄か、稲作以外の穀物か、イモ類を育てた方がいい。間に合うかはわからないので、商人とのつながり強化、流通経路確保をおすすめしますけどね。少し相場より高い金を払ってでも」


「……急に真面目な顔なさるんですね。飢饉に見舞われるという証拠は?」

「勘です」


「話になりません」

「ハイランド領で神獣とされている、フェンリルが病気になる。フェンリルと同種の動物にまだら模様が現れたら、それが飢餓の前触れ。土地が痩せ稲作は死に絶える。狂ったフェンリルが人を噛む。その人は狂い、稲作は不作になる。美しい君を狙うやからが現れる。ある者は力づくで、ある者は金の力で、ある者は嫉妬で……ある者は甘言かんげんで、君をたぶらかす。前触れが起きてからでも、エレーナ様ならきっと何とかできる。記憶の片隅にでも置いてください」


「……妄言なら悪趣味です」

「信じる必要はない。覚えておいてくれ」


「……」

「前触れが起きてからでいい」


「……わかりました。覚えておくだけですが」

「感謝するよ、エレーナ」


 怒りだろうか、彼女は顔を赤くした。

「子供のくせに呼び捨てにしないでください! 許可した覚えはありませんし、感謝されるいわれも、ありません!」


 エレーナのルートに入った時のくせで呼び捨てにしてしまった。


「承知した。ハイランド様」


 これでエレーナのルートに入らなくても、彼女が不幸になることはないだろう。

 獣人の楽園を築いた際は、き隣人としてよろしくどうぞ。

 

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