第6話 ホブゴブリン


 残ったのは似合わない大層な鎧を着たホブゴブリン。LVは俺より高く、ジェイコフよりは低い。


「こいよ。雑魚」


 一対一で対峙するホブゴブリンを、空いた手でクイクイと指を動かし挑発する。


「ギャアアアアアアア!」

 

 声だけは一丁前。おそらくこの声を聞きつけてゴブリンどもが群れをなしてくるだろう。

 ホブゴブリンは大上段に巨斧を構えた。

 俺は自然体で立ち、に短剣を持ち変える。利き手の右手は拳を握った。


「ゴ、殺ズ!」


 ホブゴブリンは叫びながら突貫し、馬鹿の一つ覚えみたいに、振り下ろしてくる。


 このゲームの世界にはフレームという概念が存在する。

 1フレーム……1/60秒。

 『Code:Etherion』の最速技は他キャラでは4~6フレームに対し、エドガーは《1フレーム》。右フック。シンプルにして最速。ぶっ壊れ性能。

 

 ホブゴブリンの大技、兜割り。8フレーム……0.13秒。

 後の先。濃く赤く光る、ホブゴブリンの無防備なテンプルにカウンターの右フックを合わせる。

「ギャッ!?」

 ホブゴブリンは大斧を落とし、膝をつく。


 見下ろす。

「グガァ」

 怯えた目でホブゴブリンは見上げてくる。


 硬直タイムは3秒。

 まな板の上の魚。


 亜空間からもう一本の短剣を取り出す。

 残り2秒。ウィークポイントへの攻撃で硬直タイムはさらに伸びていく。


 犯罪者と処刑人。

 終わった戦い。


 両手短剣。濃く赤い光に沿って、薙いでいく。

 両手の短剣を交互に使い、絶え間ない連続攻撃。

 コンボが決まる度、攻撃速度が増し、ダメージが伸びていき、硬直タイムはかさむ。ハメ技。MMOなら運営から補正が入る能力だ。

 

 一体一、体格差のない接近戦を主とする戦いにおいて、悪役貴族エドガー・ヴィクトルは最強。


 ホブゴブリンが光となって消えていく。


「「「グギャグギャ、グギャグギャ、グギャグギャ!」」」


 倒し終えた頃に、ゴブリンどもが暗闇から血走った眼を覗かせた。

 経験値の荒稼ぎタイムだ。


……。


 全年齢対象ゲームで、いくら返り血が少ないと言っても、数えきれないほどのゴブリンを倒したことで、ジェイコフの執事の服は緑と紫の血で染まっていた。


 まだ茂みから気配がする。

「ネイ」

 茂みに向かって発すると、気配が消えた。


「5」


 数字を数えると茂みが揺れ、気配を感じる。ネイは数字くらいは理解している。


「4」

 

 数が少なくなることの意味も。


「3~」

「2~」


「にゃふ……」


 あわてたように目の前に出てきて、力なく肩をすぼめ、尻尾を丸め股の下に隠しているのは、メイド姿のネイだった。どうやら後をつけていたようだ。ジェイコフの服も彼女には役に立たないようだった。

 嗅覚だろうか。気配だろうか。


 おそらく俺がゴブリンに負けそうになれば、飛び出ていたのだろう。

 そうして今までと同じように、ネイは死んでしまうのだ。いつだって彼女はエドガーを守ろうとする。


 メイド服は土や草で汚れていて、屋敷に戻れば間違いなく怒られることになるだろうという様子だ。俺が外に向かうことに気づいて、服を変えずに慌てて出てきたのかもしれない。なぜエドガーを守ろうとするのか不思議だ。


 聞いてもネイが答えることが絶対にないのだが。それを知りたいと思う。その理由が彼女をしあわせにするルートにつながるとも思っている。


 怒られると分かっている顔だ。

 できるだけやさしい声を出す。

「なぜ、ついてきた?」

 単語は理解できなくても伝わっているはずだ。よくないことだと思っているから、きっと隠れてついて来ていたのだから。


 ネイは首を横に振る。

「言葉、ワカラナイ、デス」

 明らかな嘘だ。


 ネイは嘘をつく時、必ず左手の人差し指を右手で爪を立てるように、ぎゅっと握りしめる。自分に罰を与えるように。

 仮に分からなくても文脈は伝わるはず。


 だがかわいそうだから追求はやめよう。なぜエドガーを守ろうとするのか、転生しても答えを教えてくれるようなことはなさそうだから。


「夜、ついてくるのは、やめろ。危ない」


 一語一語、しっかりと伝える。

 ぷるぷると震えながらも、拳を握ってうつむいた。

 顔をがっちりと掴んで、面と向かい目を見る。

 真ん丸なほっぺが少しつぶれた。


「うぅっ!」


 そういえば猫は目と目を合わせることが苦手だったな、と思ったが、ネイの命に関わることだ。言わなければならない。


「ついてくる。駄目。やめろ。命令」

 大きな青い眼にいっぱいの涙を溜めている。

「……うぅっ!」

 ネイが頷くことはなかった。耳がかわいそうなほどに伏せている。

 これは何をしてもついてきそうだ。

 作戦を変えよう。


 死なない強さを手に入れてもらう。共に強くなる。

 手を離す。怒っていないということを伝える声音を出す。


「付いてくる。隠れない。そばにいる。危ない。逃げる」

「う?」


 伝わっているのかわからない。これで屋敷での仕事がよく勤まるものだ。失敗のほとんどは、言語が通じないのと、それにより怒られることによる自信のなさだろう。


「そばにいる」

 手をつなぐと顔が月明りにもわかるほど真っ赤になる。その後、どこかに逃げようとぶんぶん腕を振ってきた。

 その行為を指さして伝える。


「逃げる」

「にゃふ?」


「逃げる」

「……逃ゲル?」


「そうだ」

「逃ゲル!」

 ネイは嬉しそうに走るポーズをした。だが逃げることはない。尻尾を振り振り、耳は俺の方に向いている。

 俺は思わず笑ってしまう。可愛すぎたから。


 俺は短剣を振り上げた。

「にゃっ!」

 ネイは尻尾を巻いて、頭を抱えて伏せた。


「危険」

「キケン?」

 涙目で俺を見上げながらつぶやいた。

「そうだ。これは、危険」

 その後うれしそうに、危険危険と頭を抱えて伏せている。


 俺はネイの手をつないだ。

「にゃっ!」

「そばにいる。危険。逃げる」

「ソバニイル。キケン……っ。逃ゲル!」

 一つ一つ伝えると理解できたようだ。


「そうだ。頼むから。危なくなったら逃げたくれよ。頼むから」

「頼ム、カラ?」


 君は俺を何千回と守ってくれた。

 今度は俺が守る。今まではたかがゲーム。これからは本気の人生で。これは俺の人生を賭けた誓いだ。

 

「ソバニイル!」

 ネイは笑顔でコクコクと頷き、手をにぎにぎと握り返してくる。

 ちんまりとした小さな手だ。守りたい手だと思った。


……。


 手を離して帰ろうとすると、ついてこない。

 捨てられた子猫のように耳を伏せて、じっとこちらを見ている。

「そばにいる」

 と伝えると、小走りに隣に並び、遠慮がちに手を繋ぎ、笑顔で見上げてくるのだった。

 猫というより子犬のような気がする。


 ネイと手を繋ぎ歩きながら、ステータスを確認する。


「メニュー。ステータス」

LV:12 → 17

HP:350 → 750

MP:5

SP:350 → 750

ATK:40 → 80

DEF:5

SPD:70 → 150

LUCK:20 → 80

GLS:7 → 5


 ゴブリンの血

 ゴブリンの液体

 ゴブリンの耳


 を手に入れた。


 ボロの布(かなり臭い)や返り血のついた鎧、籠手、大斧捨ておいた。不衛生で弱体付与されてしまうから。


 ゴブリンの血や液体は薬になるのだが、一番有益なのは、ドロップする血や液体が詰まっている小瓶だ。

 小瓶はできるだけ集めていきたい。

 


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