第21話 悪役貴族追放①
地下から出され、屋敷の外へと追い出された。
外にはネイとアンナ、ハイドがいた。
久しぶりに会ったネイは、やはり青い眼を真っ赤にしていた。
白く細い首にはひっかき傷が見える。
手を繋いでいたアンナの手を離して、タタっとこちらにかけてきた。
「うぅっ」
抱き留めたネイの頭を撫でる。耳をもふもふ。ほっぺをぷにぷに。
涙を指で払う。
「もう今後はこういうことしないから。ごめんな」
涙を零しながらも、ネイはしっぽをふりふりしていた。
「さみしくなります。もう少し若ければ私もついて行きたいくらいです。エドガー様は、心配ですから」
アンナが言った。
「今でも十分若い。アンナはかわいい歳の重ね方をしている」
「何を言ってるんですか。……そういう言葉はエレーナ様に掛けるべきでしたね」
ふふ、と口元に手をやって笑う。
「そうか。それをもっと早く言ってくれ」
「自分でなんとかしてくださいね。今後は声をかけることも、会うことも叶いませんから」
「生きている限りいつかまた会える。だから長生きしてくれアンナ。そしてありがとう。ネイのことも含めて。俺を見ていてくれて」
「馬鹿兄貴」
アンナの隣に立っているハイドが言った。
「街の門の外で待ってるから」
それだけ言ってハイドは離れて行った。その後を追うようにアンナも一礼して離れていく。
……。
父や母の見送りはなかった。
もう二度と会わなくても構わないという風だ。まぁもともと母とは血のつながりはなく、嫌われていたから。
代わりに屋敷の広い庭に兄が立っていた。
訓練場にいる時の雰囲気。
屋敷の外にでるための道は彼の取り巻きが塞いでいる。
中には俺に対し怯えている者もいるが。
新たにどこからか連れてきたのか、屈強な男が多かった。
兄と目が合う。両手に木刀を持ってニヤニヤしている。
「待っていたぞ愚弟。不意打ちをする卑怯者が」
胸倉をつかまれたら殴られても文句はないだろう。あれが卑怯になるらしい。
いや、記憶が飛んでいるのかもしれないな。
「ネイ離れていて」
「……うぅ」
手を掴む力が強くなる。
「大丈夫だから」
空いている手で頭を撫でるとおとなしく離れてくれた。
兄に向き直る。
「最後だ。私から兄として愚弟に指導をしてやろう」
片方の木刀を投げて渡される。
地面に落ちた木刀を拾い、一振り二振り、風が起きた。この木刀とはいえ、今の俺が扱えば兄を殺すには十分すぎる凶器だ。
「アレクサンドル様! やはりこのようなことはやめましょう! この男は不気味です!」
一人の従者が怯えながらこちらを見て叫んだ。
「ちっ」
興がそがれたとでも言う態度で兄が舌打ちした。
「この私が愚弟に負けると思っているのか!」
怒鳴ると、その従者は縮こまった。
従者の中には本当に兄を心配する者もいるようだ。
続いて兄は俺を見て、にやにやと笑みを浮かべた。
「いいのか? 俺に弱い者いじめをする趣味はないのだけど」
兄の笑みが固まり、眉間に青筋がたつ。
「泣かせてやるぞ愚弟!」
レベル差からか、赤い弱点の箇所がほぼ全身となっている。どこを殴っても倒せることを意味していた。
青い弱点の箇所だけを見ていくことにする。
木刀を使わずに戦う。殺してしまっては意味がないから。
兄の剣術には成長はなかった。
素人に毛が生えたような、学生剣術だ。
大ぶりな一振りを軽くかわし、すれ違い様に足を引っ掛けた。
「ぷぎゃ」
顔から地面に突っ込んだ。
「き、きしゃまっ!」
顔を上げると鼻血が出ている。何人かの従者……新しく彼が引き連れてきたであろう、屈強な男たちが笑ってしまい、慌てて口を塞いでいる。
「逃げるな!」
もう一度、威勢の良い掛け声とともに突っ込んでくる。
胴払いの横振りの剣技。
その技に合わせて、彼の木刀を握る手を蹴り上げた。木刀が手を離れる。
二段蹴り。宙に舞った木刀を蹴り飛ばす。
「あぁ!」
兄は手を押さえてしゃがむ。少し泣いているようにも思える。痛かったのかもしれない。軽く蹴りを合わせただけだが。
「泣かないでください。兄様。逃げるなと言われたら、こうするしかありませんので」
兄は震えながら蹴り飛ばした木刀を取りに行く。
少し哀愁がただよっているように見える。従者の反応がどうしていいのかわからないという感じだからかもしれない。
「もう行っていいですか? 俺は追放された身。ヴィクトル家の次期当主候補と遊んでいると怒られるかもしれない」
「遊び……だと。ふざけるな! 調子に乗るな愚弟! 剣士なら剣を使え!」
「俺は別に剣士ではありませんが」
木刀を軽く振るう。
「まぁ兄様よりはマシではあります。最後の指導をしてあげます。来てください」
空いている手で挑発すると、兄はホブゴブリンよりも分かりやすい動きで突っ込んできた。
力だけで猛然と振り回す兄の剣技をいなしていく。
柳の如く。水の如く。
直線的な動きを横から軽く力を加え、受け流す。
「駄目ですね。これもダメ。悪し。悪し。悪し。自分より強い相手に型通りの剣技は通用しません。頭を使ってください。フェイントを混ぜてください。卑怯な行為をしてください」
「ああああああ!」
「どんどん威力がなくなっていますよ。疲れましたか? やめますか? 声を張り上げても意味はありません。声を出して何とかなるのは、怖い時、実力が拮抗している時。兄様と俺では格が違う」
「愚弟が! 愚弟のくせに! 誰よりも無能なくせにぃ!」
「騙してください。不意打ちを狙ってください。弱い兄さまが俺に勝つにはなりふり構わずやるべきだ。あなたにできる卑怯なこと、全てをやるべきです。気取っている暇はありません、恰好をつけても意味がありません」
兄は肩で息をしている。
怒りか疲れか、わからないが全身を真っ赤にしながら。
「ふ、ふざ、ふざけるな。……ふざけるなよ! 本気を出せ! おちょくるのもいい加減にしろ!」
「わかりました」
木刀を握り、兄に正対する。
レベルの低い兄の姿が赤い光と青い光で埋もれている。
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