第4話 ヴィクトル家
屋敷の廊下を歩いていると声をかけられた。
「おい、糞虫」
茶色髪の少年が言った。12歳。腹違いの同じ年の弟、ハイド・ヴィクトル。
ヴィクトル家は騎士の家系。
高潔、実直。優秀、優雅、美麗。
ハイドはそれらを地でいく弟だ。
俺は後ろを向く。下を向く。上を向く。虫はどこにもいない。
「お前のことだっ」
俺は後ろを向く。下を向く。上を向く。
「エドガーのことだっ!」
「はぁ。最初から名前で呼んでくれ」
「ため息をつくなぁ!」
「ちっ」
「舌打ちをするなぁ!」
あれもダメこれもダメ。無視もダメ。
反応が初々しく結構好きなキャラだった。ついふざけてしまう。
ハイドは地団駄を踏んでいる。しばらくぷんすか怒って何かを喚いていたが、首を傾げた。
「なんかお前、雰囲気変わったか?」
俺は通りがかりのメイドの胸を触った。
「変態っ!」
一発ビンタをもらう。
「何も変わってないな。最低な糞弟だ。そういうのやめろよ」
「いや、俺が兄だ。弟はハイドのはず。ハイドも胸触るのやめとけよ。痛い目見るぞ。なかなかいいビンタだった」
「触ってないだろ!?」
「うらやむように見ていた」
「み、みみみ、見てないだろ!?」
「……図星、か」
「も、もういい。勝手にしろ。正直血のつながりがあるって事実が信じがたい。もっと努力しろ。魔法大学にも落ちやがって……っ。あ、ごめん」
少し申し訳なさそうにしている。事実だから謝る必要はない。ハイドは根はいい奴だった。変な空気が場を支配する。
俺は通りがかりのメイドのスカートをめくる。
「クズっ!」
蹴られた。メイドはスカートを押さえてどこかに行った。
ハイドは顔を真っ赤にしている。パンツを見ただけだというのに。
「の、能力が低いのは仕方ないけど……もっとおとなしくしろよなっ! このままじゃどうなるか、わかってんのか!?」
と叫んでどこかへと向かった。魔法大学に入学が決まっているため勉強に励むのだろう。父から重圧をかけられているはずだ。俺の分も。
「ハイド」
ハイドが立ち止まって振り返る。
「大学入学おめでとう。さすが自慢の弟だ。ハイドは努力家だ」
顔を真っ赤にしてもじもじとする。
「う、うるせぇ! 馬鹿兄貴!」
走るように逃げて言った。
ヴィクトル家でハイドは唯一、エドガーを家族の一員として扱っているキャラだ。いずれ聖者として、勇者の味方になって旅をすることになる。
万年童貞。イケメンで優秀だが死ぬほど奥手という不憫なキャラ。女子に触られるだけで卒倒するような。
基本的には誰に対しても親切でやさしいのだが、唯一エドガーに対しては強気という、誰得謎ツンデレ男子。
しかし、主人公と共闘する際のキーキャラになる。まだシナリオがどう転がるかわからないが、好感度は上げておいた方がいい。
上がっているかはわからない。
男のツンデレは全くわからないから。
……。
昔のRPGのように金になるものを回収しようと、部屋の机やタンスを物色してまわっていると、
「おい」
と父のグレゴリウスに声をかけられた。威厳に満ちてはいるが、ややでっぷりとした身体。騎士の家系にあって、最近は政治家としての活動に重きを置いているため、身体がなまっている。
ゴミを見る目。
魔法大学に落ちてから、エドガーに対する見る目はもはや我が子に向けるモノではない。もともと、どこの馬の骨とも知れない、黒髪の異国の女から生まれたのがエドガーだ。正妻の目もあり、厄介者としかみられていないのだった。
認知しているだけましか。
「アレクサンドルが鍛錬場で待っている。指南を受けなさい」
「はい」
夜までHPの減少は避けたかったが仕方ない。
「少しは優秀な兄や弟を見習え」
「はい」
「それと明日は辺境伯のご令嬢が来る。お前の許嫁だ。能力が低いことは仕方がない。せめて女の心くらい掴んで見せろ」
母と別居暮らしのくせによく言う。
女性の心をつかむなんてボスを倒すより難しい。
まぁ、母も男遊びをしているため、お互い様だが。
訓練場に向かう。
アレクサンドルは二つ上の完璧主義の長男。魔法大学で上位の成績。
今は長期休暇で屋敷に戻っているのだった。
跡継ぎ候補で剣技はそこそこ。
LVは21。今の俺でもルール無用の戦いなら、武器無しで倒せる相手ではあるが、今はヘイトを稼がなければならない。評価を上げては、追放には至らないから。
勝つわけにはいかない。
殴り飛ばしたいが我慢することになりそうだ。
アレクサンドルの表の顔はイケメンで好青年だが、根は生粋のサディストだ。指導と称して、しこたま殴られる羽目になるのが憂鬱だった。
痛みはゼロではないから。つい汚い言葉が漏れる。
「クソっ」
「っ!」
たまたま近くを俯きながら歩いていた、ネイが飛び跳ねる。しっぽがぶわっと太くなった。その後耳を伏せる。
「悪い。ネイ、に向かって、言ってない」
ゆっくりと伝える。ネイはじっと俺の顔を見る。
肩まで伸びた髪はあまり手入れされていないと思われるが、さらさらとうつくしかった。青く綺麗な瞳が伸び切った前髪の隙間から、こちらをうかがっている。
ベーシックでありながら可愛らしさもある子供用のメイド服が似合っていた。
鼻血は止まっているようだ。何事もなくてよかった。
返事は何もないので、横を素通りする。背中から声がかかった。
「エドガーっシャマっ!」
「ん?」
呼ばれて振り向いたが、ネイの目は逸れた。
「アメ、シャン、アリガト、デス」
太くなった尻尾を丸めている。逃げたいけど逃げられない。そんな様子が伝わる。
けどネイの震えは収まっている。
どうやら年配のメイドには怒られなかったようだ。
もふもふの耳に触れたくなるがやめておこう。
苦手な相手にも、お礼を言えることは素晴らしいことだ。
「ん」
「っ。アリガト、デスっ!」
もう一度言われた。
相当飴が気に入ったようだ。
今度街に行ったときには、飴をもっと買っておこう。好かれ過ぎないように、とは思っていても、入れ込んだキャラの喜ぶ顔というのはいいものだった。
俺からとはバレないように他の誰か経由で渡すことにする。
ネイは何度も頭を下げては尻尾を振っていた。
……。
訓練場には茶色い長髪の青年が竹刀を持って、待っていた。端正な顔立ちだが、神経質そうな雰囲気。
「待ってたぞ愚か者。その腐りきった性根たたき直してやる」
お前のためだと言わんばかりだが、その口元は歪んでいる。
「待ってなくてよかったです。暇ですか?」
「……くくっ。言うように、なったじゃないか」
彼は模擬刀を投げてよこす。床を転がる。俺の足元にきたそれを掴む。
数回振る。
叩きのめしたくなる、腹が立つ顔だ。
ルートによってはネイのことも苛めるようになるから。
その時は情け容赦なくボコボコにする。絶対に泣かす。
だが我慢。我慢だ。
今までエドガー自身が陰で表で、馬鹿にされてきた分も、いつか必ず倍返しでぶちのめしてやるからな。
俺はアレクサンドルを睨む。
「いい面構えじゃないか。泣くなよ愚弟」
悪趣味な指南が待っているのだった。
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