現在

 レイは抱きしめていた腕を離すと、どこかへ電話を掛けた。改まった口調で電話の相手に何かをお願いしているようだった。電話を終えると私の頭をぎこちなく撫でて、「俺はレイ、君はこれからどうするの?」と聞いた。


「名前はキラ。レイと一緒にいたい、ダメ?」


キラは即答した。


レイは少し困ったような微笑みでキラを見つめた後、ゆっくりと玄関に向かって歩き出した。キラは慌ててその後をついていった。レイはアパート近くに置いてあった車に乗り、血の付いた黒い上着と手袋を脱いだ。キラは助手席に乗り込む。レイはキラの問いに、いいとは言わなかったけれど、ついてくるなとも言わなかった。


レイが車を発進させる。車に乗るなんて私の記憶の中では初めてだ。車の外から見える、次々に移り変わる景色に目を輝かせていると、隣から声が聞こえた。


「今更だけど、俺が怖くないの?」


「…?」


「…俺は、君のお母さんとお父さんを殺した男だよ。そんな奴と一緒にいたいと思うの?」


そう言ったレイの横顔は苦しそうだった。なにか嫌な記憶を思い出しているような…。


「怖いなんて、そんなこと思わない。レイは私の天使なの、私のもとに舞い降りてくれてありがとう。」


大真面目に言った言葉だったけれど、レイはとても驚いた顔をした。かと思うと今度は声を抑えるように笑い出した。


「天使って(笑)。キラは面白いね。」


レイに名前を呼ばれると、キラの胸がドクンとはねた。自分の名前が特別なもののように思えてくすぐったかった。

「面白いことなんて言ってないのに」と少し不貞腐れたキラの様子には気づかずに、


「でもそっか…天使、天使か。うん、いいね。」


と、なぜか納得した様子で、レイはうんうんと頷いた。




レイの部屋は一人暮らしには少し広かった。それはレイの部屋にほとんど物がないから、余計にそう感じたのかもしれない。必要最低限のものしか置かれてない寂しい部屋。まるで、いつでもここからいなくなれる、とでも言っているみたいだった。今まで、ごちゃごちゃした部屋にいたキラは何となく落ち着かなくてそわそわする。だがそれも何か月か経つとすっかり慣れた。なによりレイと一緒にいれることが、キラの心を落ち着かせていた。


レイの仕事は不定期で、依頼が入ると仕事に向かい、何日もかかることもある。休みの日は家で、二人でのんびり過ごす。レイの仕事柄、外に出て思い切り遊ぶことはできなかったけれど、レイといれるだけで幸せだった。ここにはキラを怒鳴るものもいなければ、殴る人もいない。幸せすぎて、時々怖くなる。


レイが仕事に行っているときは家でできることをする。掃除や洗濯はレイに少しずつ教わって、ようやく一人でできるようになった。レイは「無理してやらなくてもいいよ」と言ってくれるけれど、ただ家に置いてもらうだけなのはなんだか心苦しくて、レイに必要だと思ってほしくて頑張った。それに、レイのいない部屋は寂しくて何かしていないと自分の心を上手に保てなかった。仕事から帰ってきたレイは、キラがしたことを必ず褒めてくれて、あの時ぎこちなかった頭を撫でる手も、いつしか日常化していた。


レイの口数はあまり多くないし、普段は自分の感情を表に出さない。というか出さないようにしているのかもしれない。だからたまに笑う顔や、困った顔、いろんな表情を見れるたび、とてもうれしい気持ちになる。怒ったところは見たことがなく、とても優しい。私の今までのことも聞いてこない。とにかくレイの隣は居心地がよかった。


レイが好き。レイがいないと生きていけない。レイのいない世界なんて意味がない。レイがいないなら私…死んでもいいや。

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