第9話 再訪
昨日は不思議な出会いがあった。
あの後、僕は天與さんの提案に了承した。どうせ僕に出来ることは何もない。しかし、天與さん達が何をするのか、見てみたい気持ちがあった。そのためには事業に加わる必要がある。僕は天與さんに名前と連絡先を告げ、そしてまっすぐ家に帰った。
家に帰ると、僕はいつものように作り置きの夕食をレンジで温める。普段の日常だ。図書館であった出来事なんてまるで嘘みたいで、僕は長い夢から覚めたような、落ち着かない気持ちでごはんを食べた。
結局、あの図書館はなんだったんだろうか。あんな住宅街に、まるで廃墟のようにそびえる建物というだけで異様だったのに、まさか中は私設の図書館だったなんて。そもそも、私設の図書館ってなんだ?大学の図書館の分館とか、企業が持っている美術館みたいなものだろうか。あそこにいた天與さんはあの図書館の司書をしていると言っていたけど、館長ではないのか?だとしたら、誰があの図書館の運営をしているんだろう?でも、あの図書館にあるものは天與さんが集めたと言っていた......。あの天與さんという人は何者だろう?
あの図書館について考えると、どんどん疑問が湧いてくる。考えれば考えるほど、存在していたとは思えない場所だ。魚を生き返らせたり、建物の中を無重力にしたりなんて、よく考えなくても現実的にありえない。きっと何か手品を使っていたに違いない。なんとなく訪れただけの僕を、ちょっと驚かせてやろうとしたに違いない。その意図はよく分からないけど......
そう考えると、あの場で何かの計画に同意してしまったのはまずかった。なんで僕はよく分からない計画に参加すると言ってしまったのだろう。そもそも、どうして僕はあんな得体の知れない建物なんかに入る気になったんだろう。あのときの感覚がよく思い出せない。
『少年、キミもまた「共同事業」に呼ばれたのだよ』
まさか、本当に僕はあの計画に呼ばれたというのだろうか。
とにかく、僕はもう一度あの場所に行く必要がある。
次の日、僕はいつものように学校に行った。いや、いつもとは少し違う。いつもの気だるい気持ちが、今日は僕の中から消えていた。僕の頭の中はあの図書館のことでいっぱいだった。古びた本がぎっしり並べられた本棚、歩くたびに軋む木の床、頼りない館内の明かり、由来の分からない置物や剥製、奥の部屋にあった実験器具、無重力を発生させた装置、そして天與さん......。知りたいことは山ほどあった。
放課後になると、急いであの図書館に向かった。天與さんは、「また会えることを楽しみにしている。」と言っていた。だからまた行ったって全然構わないはずだ。むしろ、天與さんはあの計画に僕を誘った張本人だ。天與さんは僕に説明する義務がある。一晩中考えた疑問を全部ぶつけてやるんだ。
図書館の前に立つ。建物は昨日と変わらずにそこにあった。廃墟と見紛うばかりの、ツタの生えたレンガ積みの建物。改めて見ると、昨日の僕はよくもまあこんな建物の中に入ろうと思ったものだ。窓から中を覗き込む。中は昨日と同じように暗い。けれどこんなに暗かっただろうか。僕は木の戸の取っ手に手をかけ、思いきり前へ押し込んだ。
軽い。昨日と比べて、戸はずっと軽かった。僕は思わず館内へ倒れ込んでしまった。気を取り直して僕は立ち上がり、館内を見回した。本棚は昨日と同様ひどく古びていて、今にも崩れそうなままだ。ただ、昨日と明らかに違う点があった。中に本が一冊も並べられていなかったのだ。
僕はすぐさま隣の本棚を見た。隣の本棚にも本がない。そのまた隣も同様だ。本だけじゃない。並べてあった動物の剥製やどこかの民族の調度品も全てなくなっていた。
「天與さん?」
僕は奥に向かって声をかける。天與さんがまた何かをしようとしているのかも知れない。だが、奥の机に座っているはずの天與さんはそこにはいなかった。別の部屋にいるのかもしれない。僕は昨日の実験室に入った。
部屋はもぬけの殻になっていた。天與さんが生き返らせたホルマリン漬けの魚も、あのときに使っていた得体の知れない機械も、何もかもが消えていた。
「天與さん、いないんですか?」
結局、この図書館には何も残されていなかった。1時間ぐらい待ってみても天與さんが現れることはなく、ただ空しく時間が過ぎていくだけだった。僕はぼうっとしながら、天與さんが座っていた椅子に座っていた。
「君、こんなところで何してるんだい」
突然、男性の声が館内に響いた。声の方を振り返ると、作業着を着た男の人が立っていた。
「ここの人?」
「いや、そういうわけじゃ......」
僕は返答に窮した。僕はこの図書館にとってどういう人だっただろうか。ただ寄ってみただけの人?でも天與さんは僕を招いてくれるような言いぶりだった。そうだ、天與さんが居たじゃないか。
「困るんだよね、勝手に入られちゃ」
「あの、天與さんはご存知ですか」
男の人はぽかんとした表情になった。明らかに聞いたことがないという顔だ。
「よく知らないけど、この建物の人?」
「はい、この図書館の司書だと思うのですが」
男の人は不思議そうな顔をしている。
「図書館?ごめんな、この建物のことはよく知らないんだ。取り壊しに来ただけだからさ」
取り壊すだって?
「この図書館、取り壊すんですか」
「そうだよ。築年数もだいぶいってるから。見るからに古いでしょ」
男の人は壁の柱を軽く叩きながら言う。この建物が古いことは、外見からも明らかだ。
「この建物は危ないからさ、早く帰りなよ」
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