第5話 ふわりと浮かび上がって

「いい機会だ、少年。もうひとつの課題についても、キミに証しておこうか」


 先ほどの部屋を出て元の部屋に戻ると、天與さんがそう提案してきた。


「どういうことですか?」

「先ほどよりももっと楽しいことだよ」


 天與さんが先ほどとは別の方向へ歩き出した。僕もそれに付いていく。

 天與さんはある壁側の本棚の前で立ち止まった。


「古典的だが......」


 天與さんはそう言いながら、一冊の本を動かした。


ズズズッ......


 突然本棚が床の方へ沈み始めた。本棚の高さがちょうど天與さんの腰ぐらいになると、沈下は止まった。

 天與さんが本棚の裏になっていた壁に手を伸ばす。

 壁には小さな扉がついていた。その扉を開けると、中に制御盤のようなものが備え付けられていた。

 天與さんは制御盤にあるボタンやレバーを操作し始めた。


「少年、船酔いの経験は?」


 唐突な質問だ。僕は船に乗ったことがなかった。車酔いはあまりしない方だ。


「船酔いですか?車酔いはあまりしませんが、船は乗ったことがないもので......」

「そうか。では十分に気を付けてくれたまえ」


 天與さんはそう言うと、僕の方を振り返った。


「さあ、手を取りなさい」


 天與さんが右手を差し伸べる。急なことでビックリしながら、僕は咄嗟に天與さんの手を掴んだ。手はひんやりとして冷たい。


「離すことがないように」


 天與さんがそう言った次の瞬間—―


ギュウウウゥゥン......


 真っ逆さまに落ちていくような感覚に襲われた。落とし穴か何かに落ちているのだろうか。僕は突然のことに混乱しながら、辺りを見回した。周りの風景は変わらない。

 僕たちは落ちているのではなく、浮き始めたのだ。


「う、浮いてる......」

「『重力の克服』。地球という揺り籠から飛び立つために必要なものだ」


 天與さんの長髪がゆらゆらと空中を舞う。身にまとっているローブも、まるでスローモーションのように、天與さんの体の動きに合わせてゆったりと形を変えている。

 僕と天與さんは、本棚を見下ろしながら、しばらく空中浮遊を楽しんだ。

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