第4話 復活と魚

「普段この部屋はあまり使わないものでね」


 漂う薬品の臭い。使い道の分からない器具。至るところに置いてある動植物の標本。

 天與さんに連れられてこられた部屋は、まるで学校にある理科の準備室のような場所だった。

 見知らぬ言葉でラベリングされた様々な色の薬品が、無機質に棚の中に並んでいる。別の棚には生き物のホルマリン漬けも置いてある。そのままお化け屋敷に使えるような部屋だ。


「さてさて......」


 天與さんは棚から箱のようなものを取り、机の上に置いた。

 よく見るとそれは機械だった。 ちょうどデスクトップパソコンぐらいのサイズで、側面にはいくつか穴が開いている。そのうちのひとつからはチューブのようなものが伸びていた。


「手品を見せてあげよう」


 天與さんは、棚にあったホルマリン漬けの容器を取って机の上に置いた。


「これが何か分かるかな」

「魚......ですか」

「その通り。ティラピアという魚だ。」


 鯛に似たその魚は、尾を下にするように漬かっていた。驚くほど保存状態がよく、鱗の模様がハッキリと映っている。

 虚ろな目と半開きの口が、すでに生気がないことを示していた。

 天與さんが机からゴム手袋とトレイを取り出す。ゴム手袋を着け、容器の蓋を開けて素早く魚を取り出し、トレイの上に置いた。

 魚は外気に触れて生々しく光っている。表面はヌメヌメとしており、まるで今まさに釣り上げられたばかりのように見えた。


「少年、この魚は生きているかな」

「いえ、死んでると思います」

「そうだ。ティラピアは貪欲な生き物。生きていれば私の指にも嚙みついていただろう。盲目的自然の表れ、それこそがまさにこの魚だ」


 天與さんは機械から伸びているチューブを手に取る。

 そして、魚の体内に押し込んだ。


「少年、よく憶えておきなさい。自然の操舵手は、我々なのだ」


 天與さんが機械のスイッチを押した。側面に付いているライトが赤色に灯り、ブザーのような音が鳴り響き出した。どうやら起動したらしい。

 ブザーが鳴り終わり、次第に低く重い音が強くなった。機械が小刻みに震えている。


「見よ」


 天與さんがチューブの付け根を指差す。僕は指示どおりにチューブを注視した。すると、何かが機械からチューブを伝って出始めた。赤い液体だ。

 これは......


「血......?」


 血のような液体がチューブを赤く染めていく。ついにそれは魚に注入された。

 赤い液体が注入されたことで、魚の死骸が少しずつ厚みを持ち始めた。体が持ち上がっていくように見える。

 機械の振動が魚にも伝わっているのか、エラの部分が揺れていた。よく見るとそれは違った。機械の振動で揺れているんじゃない。魚自体が動いていた。動きこそ小さいが、周期的にゆっくりと動いていた。

 そう、まるで息をしているかのように。


ビチッ ビチッ


次の瞬間、魚が勢いよく跳ね始めた。


「生き返った!?」


 僕は思わず天與さんの顔を見た。天與さんは相変わらず無表情だが、目が少しだけ笑っているように見えた。


「『死者の復活』だよ」


 天與さんは機械を止めた。液体の注入が止まる。すると魚は次第に勢いをなくし、みるみるうちに弱っていった。

 そして最後にはまたもとのホルマリン漬けだった状態に戻った。


「また死んだ......」

「完全な復活にはほど遠い、という訳だ」


 魚は動かない。天與さんはもはや死骸となったそれを手に取り、容器に戻した。


「まさか本当にこんなことが可能だったなんて。一体どんな技術で......」

「見たから信じたのかね」


 天與さんが、興奮している僕に釘を刺すように言った。


「......はい」

「いいんだ。証はいつの時代も必要だろうからね」


 天與さんが機械をしまう。

 僕はなんとなくバツが悪く、黙ってそれを見ていた。

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