第3話 明かされた計画

 天與さんは本を開いて読み始めた。おそらく、僕が来る前にもずっとそうしていたのだろう。

 居心地の悪い静寂が訪れる。とりあえず辺りを見回した。最初は気づかなかったが、本と同じかそれ以上に骨董品が多いようだ。標本、食器、コイン、仮面、人形......ちょっと見ただけでもいろんな種類の骨董品が置いてある。

 どうして図書館にこんなものがあるんだろう。


「天與さん、ちょっと聞いてもいいですか」

「もちろん構わない。なんでも聞いてくれ」


 天與さんが顔を上げる。


「ここって、どうしてこんなに骨董品が置いてあるんですか」


 天與さんが黙った。

 しまった。何かマズいことを聞いてしまったか......


「骨董品か」


 相変わらず表情は全く変わらない。感情が読めない。


「キミは今、鞄を背負っているね」

「はい」

「それは骨董品かな」


 通学用の、何の変哲もないリュックサック型の鞄。ちょっとヘタってきてはいるが、骨董品と言うには大げさだ。


「骨董品ではない、と思います」

「そうか。ではそれらも骨董品ではない」


 天與さんがまっすぐに僕を見る。


「ある物の所有者がいなくなったり、用途が失われたりしたとき、人はそれらを骨董品として扱う。だがその考えは正しくない。なぜならそれらは『一時的に』所有者や用途を失っているだけだからだ」

「......どういう意味ですか?」

「所有者がやがて戻ってきて、また使われるときが来るということだよ」


 天與さんが目を細める。館内の照明を反射して、目が光っているように感じた。


「所有者がやがて戻ってくる......」


 言葉の意味はよく分からない。けれど、天與さんは何か重要なことを言っている気がした。


「少年、こっちに来て座りたまえ。重力に逆らうのはいい心がけだが、ずっとはつらいだろう」

「あっ、はい、お言葉に甘えて......」


 僕は天與さんの座る机の向かいにあった丸椅子に腰掛ける。座るとギギッと音を立てた。安定感は乏しい。


「さて、キミの質問は、なぜ図書館にこんな『骨董品』が置いてあるのか、だったね」

「はい」

「あれらは、いずれ来る『友愛の回復』に備えるために保管しているのだよ」


 ユウアイのカイフク?

 何の話だろう。


「すみません、ユウアイのカイフクって......?」

「『友愛の回復』とは、全人類が目指すべき全球的計画だ。いや、全宇宙的と言ってもいい」


 ……?全く意味が分からない。

 ぽかんとしている僕に構うことなく、天與さんは喋り続ける。


「『友愛の回復』が達成されるためには、三つの課題を解決する必要がある。一つ目は『重力の克服』だ。重力からの克服は、空間からの解放を意味する。我々は重力という鎖によってこの地球に縛り付けられている。この重力という力は、物体を空間に縛り付けるだけでは飽き足らず、貪欲にも光や時間までも捻じ曲げる。そのようにして我々が宇宙に出ようとするのを引き留めているのだ。まるで子離れができない親のように......」


言っていることはよく分からないが、圧倒されてしまった。僕はただ黙って聞いていることしかできない。


「二つ目は『不死の獲得』だ。実現は困難だろうが、計画の成就のためには必ず成し遂げなければならない。なぜなら、不死とは時間からの解放だからだ。すなわち、一つ目の『重力の克服』が空間に対する勝利であるならば、不死は時間に対する勝利を意味する。我々は時空間の舵を取り、自然を正しい方向に進めなければならない.......」


 僕はだんだんこの図書館に来たことを後悔し始めていた。怪しげな外観に、怪しさ溢れる内装。その建物の中にいる人なんて、やはりまともではなかった。

 適当な理由を付けて早く帰ろう。


「天與さん、そろそろ......」

「そして三つ目は、『死者の復活』だ」


 立ち上がりかけていたが、僕は思わず動きを止めた。


「それって、死んだ人が生き返るってことですか」

「いかにも。先ほどから、キミはトートロジーが好きなようだね」


 死んだ人が生き返るだって?冗談じゃない。そんなことができるはずがない。


「『死者の復活』は、『友愛の回復』の根幹を成す重大な課題だ。先ほど二つの課題も当然に重要だが、これは計画の最後にして最高潮となるものだ」


 死んだ人は、普通戻ってこない。いや、決して戻ってくることはない。僕はそのことを知っている。なぜなら僕にもそんな人がいるからだ。

 何度会いたいと願っても、絶対に会えない人が。

 幼馴染の女の子。

 僕に優しかったあの子。

 僕の身代わりになったあの子。


「死んだ人が生き返るなんて、そんなことが本当に可能なんですか」


「気になるかな」


 天與さんの声のトーンが一段落ちた。僕は思わずたじろぐ。先ほどとは雰囲気が明らかに違う。


「......はい」


 そう答えると、天與さんの口角が微かに上がった。


「いいだろう。付いてきなさい」


 天與さんは立ち上がって、部屋の奥の方へ向かって歩き始めた。


「キミの望むものを見せてあげよう」


 僕は急いで天與さんの後を追う。天與さんはいくつかあるドアのひとつに手をかけ、中に入っていた。

 一体何を見せてくれるのだろうか。僕は不安と期待でいっぱいになりながら、後を追った。

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