第38話
古びた二階建てのアパート「コーポ斉藤」だった。私はおもわず二度見したがナビゲーションが確かに終了していたので半信半疑であるがここが目的地と判断した。川から吹き抜ける湿った風はおんぼろアパートを撫でるように通り過ぎ、太陽が少し雲に隠れただけでその外観はいっそう陰々滅々としていた。
本当にこんなところに二代目は住んでいるのか。
おんぼろアパートはその名の通り内部も相当おんぼろだった。白壁にはそこそこに亀裂が走り、板張りの床は積年のシミやくすみでいい色になっている。廊下も階段も部屋の奥も、古い家らしい暗さに翳っている。
二階に上がる。カラスの声と、アパートに吹き付ける湿った風の音がする。
不安になりながらも私は210号室のドアを叩いた。
ガチャ。
ドアがゆっくり開きかけたがその途中で止まり私は身構えた。
「大家さん先月分の家賃はその〜待ってくれんかね」
私は拍子抜けした。地獄の亡者に恐れられ、かつてその徹底した仕事ぶりから獄卒鬼たちの人望が最も厚かった鬼神がそんなたどたどしい声で家賃の延長を懇願しているとは。
「二代目、私です。冷徹斎貫徹ですよ、お久しぶりです」
今度は勢いよくドアが開いた。
「貫徹か! 久しいなぁ。浮世の時間でいうと何百年ぶりか」
満面の笑みで私を迎えた二代目は緑色のジャージ姿で威厳の欠片もない風体であった。
「浮世に観光しに来たわけでもあるまいな」
「閻魔大王様の命を受けまして視察課に、二代目そんなことより……」
二代目は私の後ろに体を半分隠したセラを珍しいものを見るような視線を送る。
「おやこれは、どうやら訳がありそうだな……」
セラが軽く会釈すると右手で顎をさすりこくこくと頷いて、「まぁ中に入れ狭い部屋だが話を聞こう、客人などは久しぶりであるからして、なんのもてなしもできんがな」
「わははは」と高笑いをして二代目は私たちを部屋に招き入れた。
「はぁ」
私はため息をついて緊張しているセラの背中を叩き中に入るように促した。ドアを閉めるときに玄関にあった表札が「国枝」になっていたことに気がついたが私は素知らぬ顔をした。
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