第37話

 私が二代目の居場所が分かったというとセラはどうしてもご挨拶がしたいというので、二人で訪ねることにした。  


 日比谷線北千住駅で下車して、旧日光街道を目指し歩き進めた。夏の陽射しが道行く人の肌を焦がし、街を照らしていた。焦熱地獄の比ではないにしろ、じわじわと体中から滲みだす汗がシャツを濡らす。近年の著しい気温の上昇はどうやら地球温暖化が原因らしい。旧千住宿を抜け、奥の細道で有名なかの松尾芭蕉が、旅の始まりを記念して作られた「奥の細道矢立の碑」を過ぎても、死神が記した二代目の住処にはまだつかない。セラから借りたスマートフォンの地図アプリに従うには、千住大橋の手前に、ひっそり佇む民家とアパートを抜け、橋戸稲荷神社に導かれるように伸びた道の先にあるらしいのだ。


 セラは例によって、翼を気持ちよさそうにばたつかせ、五分丈のワンピース姿で一見涼しげであったが、「足がくたびれてしまいました」ととうとう音を上げた。「だから空を飛んでいこうと言ったのです」


「空を飛ぶのは結構だが、私を抱えて飛ぶのはやめてほしいものだ」


「なぜですか? 一番効率がいい方法ですよ」


「物事には効率より見てくれを重視しなくてはならないことがある。地獄の鬼が女子に抱えられるなんてもう二度と嫌だ。どうしてもというなら一人で飛んでくれ」


「それは、いやですセラは二人でいきたいです。足がイタイ、イタイ」


 駄々をこねる天使は翼を器用に使いホバリングしながら体を浮かすと両足をばたつかせる。私は仕方なくセラの前でしゃがみ込み「おんぶしてやる、この前のお返しだ」


「はい、ではお言葉に甘えます」


 二代目に会うのは本当に久しぶりであった。


 数百年という時間は人間の文化や価値観を幾度となく発展させてきた。その中で起きたいざこざや争いは数知れないが歴史はいつの時代もそうやって繰り返されるものだと地獄の亡者を相手にすればよく分かる。新しいもの生み出され、新しかったものが古くなり、古かったものはそのまま忘れ去られたかと思ったら挙句の果てに一周回って新しく見出されたりする。二代目はその激動の中に身を投じてきたのだ。今から会うのは私は私が知っている二代目でないことも覚悟していた。


「セラ、二代目なら悪魔のことも心当りあるかもよ」


「そうだといいのですが」


 セラの声は小さめで半信半疑だった。その証拠に手提げバックに忍ばせた悪魔の本を大事そうにぶらさげている。


「私は浮世に来てから日は浅いが、二代目はかなり前からこの世界にいるんだ。悪魔の一人や二人心当たりがあるさ、なんたって死神に知り合いがいるくらいだから」


「あ、でも今日はご挨拶だけなのでやっぱりそんな厚かましいこと」


「いいさ、日頃の感謝と思って」


 正直な話し二代目は天界の住人のことがあまり好きではない。


 阿鼻地獄に堕とされた我が父、冷徹斎宗徹と同じく、二代目もまた現場を知らない神々が地獄に介入することを良しとしない鬼神であった。次期閻魔大王の職を約束され、宗徹の教えを受けた鬼の中で一番の優等生であった事実と、その裏で私や我孫子の前ではどうしようもないちゃらんぽらんであったのも本当のことであった。


「浮かない顔をしてますね」


 覗き込んだ私の横顔を眺め、悲しそうな笑みを浮かべる。


「あぁ、いや別にたいしたことじゃないんだ。ただ二代目の悲しみは少し癒えただろうかと思ってな。私が好きであった優しい二代目であればいいのだが」


 私は思わず不安を吐露した。修羅落ちした二代目の姿など二度と見たくない。


「大丈夫ですよ。過去に悲しい経験をされた方ほど誰かに優しくできるものです」


 少しだけ丸くなった背中にセラは体を密着させ頭を撫でてくれた。そう言い切られると私は反論する機会を逃して、「ありがとう、そうであってほしいものだ」細やかな笑みをこぼすしかなかった。

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