第二章

第35話

 かつて天界大戦争というものがあったそうだ。


 私がその物語を初めて聞いたのは昼下がりの図書館の中庭で、新しい本の入れ替えを終え正午を少し過ぎてから昼休憩に訪れたセラからであった。


 仕事中のセラは緑のエプロンを着用していて拍子抜けするほどシンプルな服装だったが、はちきれんばかりの胸がエプロンに山を作り、その頂を一目拝もうと、思春期爆走中の中学生や冥土からの招待状が行き届かないことをいいことに最後のエロスに導かれたじじ達で館内が埋め尽くすされていることを本人は気が付いていなかった。セラからすれば利用者数が増えたことは日々の地道な努力が実った喜ばしい事実であるが、物事の絶対的な本質はいつだってよこしまでお下劣である。


「あの戦争は――」


 とセラが昔話を始める時、それは第二次世界大戦でもホロコーストでもなく天界大戦争のことだった。


 紙芝居形式で、昼休みが終わる十分前に話してくれるその物語はセラの母親から聞いた話を忠実に模したもので、若干のストーリー改編が否めないものの続きが気になるほど面白いものだったことを憶えている。


 特に滑稽だったのは神が自分たちを尊重させるために天使を作ったのに、その傲慢から神の意志に反する自由な発想を持った天使を作り、自発的に愛を芽生えさせることに真価を見出そうとした話だ。


 この話の続きでは天使たちは自ら神に従おうとする服従心はなく大戦を仕掛けて天界を追放されている。追放された天使はやがて下界で人間になり、また悪魔になったという。神からみればセラのような従順な天使以外は自ら作った失敗作ということになる。私はその解釈が気に入らなかった。天界の神々に地獄の名誉を守るためたった一人で刃向かった父を私は心から誇らしく思っていたからだ。



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