第34話
あれから事情聴取とやらで拘束され根掘り葉掘り質問された後ようやく解放された頃には陽が暮れていた。
「何だよ」
いけ好かない死神は私に視線を向け、「馬鹿な奴だ」と言いたげに笑みをこぼす。
「ようこそ浮世へ」
そう言って差し出された缶コーヒーを私はひったくり一気に飲み干した。
夕焼け小焼けの駅前はひっきりなしに運行バスが出入りし、ごちゃごちゃと騒ぐ学生や汗を垂れ流す会社員たちがせかせかした足取りで往来している。
鬼である私はその外見からお気楽大学生を気取っているのだが、セラのいる部屋にすぐに戻る気になれず街をぶらぶら徘徊している。そんなときいけ好かない死神が声をかけてきたのだ。
「忠告したはずだぞ、人の生死を人ならざる者が変えてはならないとな。今回のことは地獄の沙汰はおろか天界の禁則まで破ったことになる」
「ふんっ、そもそも地獄の沙汰とか知ったことか、天界の禁則なぞ破るためにある……しかしそれより私は悲しかった」
「分からないな。あの人間は助かったし、坊やが悲しむことなんてないだろう」
私は断定的な発言に苛立ちを覚えたがもう襟元に掴みかかる気分にもならなかった。
「私がまだ自由に浮世へ顔を出していたときの人間に他人の幸せを憎む輩なんていなかった。そもそもそんな感情を抱くのは妖怪やその土地の穢れくらいだ。でも今の人間は違う。たしかに人間の社会は地獄や天界も驚くほど発達して、飢餓や争いなんかは少なくなったと思うのだ。だがそのかわりこんなにも心が廃れているとは知らなかった」
「今の人間には人間の世界しか見えていないからな、人間の世界が大きくなって心が廃れるんだ。花や鳥、風や月。自然ってやつが見えていない。だから人の世界でない世界がほとんどだと気が付かない。人間の幸せを人間が決めるから不幸なやつが増えるのさ」
「? お前の言っていることは理解できん」
「だから言っただろう人間の一生に意味はないということだよ」
死神は吐き捨てるように言った。私は反論することもできずに空を見上げる。夕暮れに染まる浮世の空が遠くに感じて寂しさよりも虚しさを覚える。
「だが仮にそんな人間しかいなくなっても人間は生きていかねばならぬ。浮世では純朴な人間ほど損をするが、俺はそんな人間がほっとけなくてねぇ」
いけ好かない死神はローブに身を包むと、今度は声をあげて笑った。
「坊やのその純朴さに免じて今回は手を貸したが、俺たちがやったことは天界の禁忌を犯す重罪だ。うまく立ち回れよ」
「あんた、死神向いてないんじゃないか?」
「嫌味な上司に同じことを言われたよ」
「じゃあ哲学者にでもなったらどうだい、よっぽど様になってるぞ」
苦笑したいけ好かない死神は「そうかもな」とつぶやいたあと、ため息をついて私に一切れの紙を手渡した。そこには誰かの住所がかかれている。
「閻魔の倅の居場所だ」
「どうして二代目のことを知ってるんだ?」
突然の質問にいけ好かない死神は立ち止まり顔を少し私がいる方へ向けた。
「腐れ縁なんだよ。閻魔の倅とはな」
「ちょっと待てあんたにひとつ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「仕事楽しいか?」
「楽しいわけないだろう」
「じゃあなんでこんな仕事続けてんだ」
「こんな仕事ねぇ、坊やは仕事にやりがいでも求めてるのかい?」
「何が言いたい?」
「そんな幻想を求めていると病むぜ坊や、いいかい仕事っていうのは誰もやりたがらないことをやるから成り立ってる。優越なんて本来ないのだよ……じゃあな、坊やにほどほどの幸福があらんことを」
だらしない笑顔のいけ好かない死神はそれから人ごみの中へ歩いていく。
「貫徹様」
セラの声で我に返った。どうやら私の帰りがあまりにも遅いので迎えに出向いてくれたらしい。
「もう帰りましょう。夕飯が冷めてしまいます」
「あぁうん、じゃあ帰ろうか」
「はい!」
セラは強引に腕を引っ張った。その勢いにバランスを崩しかけながらも私は地面をしっかり踏みしめて体勢を整える。遠くに見えた人波を直視してみるがいけ好かない死神の姿はもうなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます