第33話

「あの大学生に関わるなといっただろう」


 私は目を開け周囲を見渡し、状況を確認した。恵美子を突き刺すはずの刃物の先が身体にぶつかる寸前で止まっている。否、男だけでなく全てのものが止まっていた。音も風も太陽の光でさえもだ。


 かろうじて動いた首から上を動かして見上げると警備服を着た男、もといいつぞやのいけ好かない死神が眠そうな顔をして立っていた。


「なにが起こった?」


 そう言うとは一歩ずつ近づいてきて私に触れた。そのときなにかから解き放たれたように体が動いた。私が落ち着くのを待って後れを取ったなと言ったいけ好かない死神は、私に張り付いていた死神女を引きはがして「数字欲しさに不誠実な仕事をするな」と呆れた口調で言い放った。


「お黙りなさい! あなたが今さら出てきて何をおっしゃいますの!」


 死神女は怒り狂った顔でいけ好かない死神に問い詰めてきた。その顔や歩き方は不格好なものだったが、とてつもない怒りを感じることができる。


「死神……」


「坊や流暢におしゃべりしている時間はない」


 いけ好かない死神は腕時計を見るようなしぐさを見せる。


「すぐに時間が動き出す、あとは勝手にしろ」


「させませんわ!」


 いけ好かない死神は死神女が振り下ろした大鎌を片手で受け止めると、死神女は烈火のごとくわめいた。


「今度こそあなたの魂を狩りとって差し上げますわ!」


「お手並み拝見だね、お嬢様」


 二人の死神は睨みあったのち視界から消え失せた。


「恵美子!」 


 空気が光が音が少しずつ動いていく。まるで時間がスロー再生されているようだった。雑踏をかき分け恵美子を襲う男目掛けて飛び掛かった「このすっとこどっこい! なにしてんだ!」と私は叫んだ。


 男は背後から現れた私に焦って手に持った刃物を落とす。反撃をする隙を与えずに押し倒してアスファルトに叩きつけた。


「くそ離せ!」


 憤怒で真っ赤になった男はすぐさま立ち上がろうとするが私ががっちり男の右腕を背中側に回してホールドしているのでもがもがするしかできなかった。


 人間たちは私と男の周りから蜘蛛の子を散るように逃げていく者と立ち止まりスマートフォンで写真を撮る者と様々だったが誰も加勢に来る者はいなかった。


「貫徹様! お怪我はありませんか」


 たったひとりだけ野次馬と化した群衆をかき分けて来る者がいた。私はセラに叫んだ。


「セラ、すまんが応援を呼んでくれ」


「もう警察を呼びました」


 遠くから聞こえるサイレンの音。なるほどどうりでノイズが増えたわけだ。 


「離せ、この女を殺してやる」


 男は唯一動かせる口で脅迫する。しかし恵美子はすでにセラによって保護されているためその言葉は彼女に届かない。


「人が人を殺めるなど相当な恨みがあるはず。貴様はなんの恨みがあって彼女を狙った!?」と私が言うと、男は「あの女は生意気にSNSで俺より幸せそうにしてたんだ!」と憤慨した。


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