第30話

 恵美子を訪ねた翌日、私たちは静かに恵美子の後をつけていた。不安と緊張、そして僅かな希望が入り乱れた表情をしながら面接先の会社に向かっている。有名なブランド品が並ぶ並木道を進みなんとも猥雑なエリアに入り歩行者専用の通路は相変わらず人間たちが右往左往しながらどこかへ足を進めていていた。革靴が地面を叩く音とファーストフード店の呼び込み機械音が、けたたましくこの街の空気を汚している。


 恵美子はそこで立ち止まって大きなビルの中に入っていった。おそらくこのビルの中が面接の会場なのだろう。私たちは近くの喫茶店に入店し恵美子が出てくるのをじっと待つ。


「うっすらと夏の香りがします」


「ぼけっとしてくれるなよ」


「きっと死神様も今日は暑いからお休みしてるのではないですか?」


「そんなわけはないぞ。なんせ死神産業は相当なブラック産業だ。休みなんてない」


 死神は神出鬼没に姿を現す奴だから、それを捕まえるためには根気よく粘ってみるしか方法がない。セラは呑気にコーヒーを飲んでいるが、先ほどからこの後の予定や夕飯の献立の話しばかりでして、死神という存在にまるで興味を示していない。


 曖昧な返事ばかりしているとついにはポーチからスマートフォンを取り出して、注文したパンケーキの写真を撮り始める。


「貫徹様見てくださいまし、もうこんなにいいねをいただきました」


「それはよかった。だがそんなことよりも重要なことがあるのだ」


「うぅそうですか」


 悲しそうな声を漏らして、チラチラと私の方を見ながら構って欲しそうに目配りしていた。


「だから言っただろう、ついて来ても面白くないって」私がそう言おうしたとき、不意に周りの温度が二度ほど下がったような寒気を感じた。


 それから体中の毛がぞわぞわと逆立つような殺気とともに鋭く空気を切る音がすぐそこまできていた。


「あぶない!」


 私が反射的にセラの頭を抱えて地面にひれ伏すやいなや、鋭利な刃物が空間を切断するようにして私たちの首があった位置を通り過ぎた。


 

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