第29話
それから私は恵美子を守るため彼女のボディガードを買って出た。
彼女は手を叩いて喜んでいたが、鬼の私が人間の肩を持つことにさしてメリットなどはない。ただあのいけ好かない死神に一泡喰わすために万感の思いであった。
そもそも死神の地位は八百万の神が存在するこの国で最下層にある。政教分離され欧州の神々のように神同志の争いが太古の昔から少なかったこの国にとっての神の力関係は、人間の信仰心や認知度によって決まる。例えばお布施の数であったり、祀られた社の数であったり、目に見える数字や過去の実績を参考に百年に一度ランキング上位者が発表されるのだ。その中でも死を司る死神をありがたがったり、祀り上げる者はいない。だから新神就活において死神産業はいつまでも不人気である。しかし彼らがいないと未練を残した魂が浮世にとどまることになるから不人気産業でありながらなくなることはない。給料は高いが休みがとりにくく、未だに古い体質の労働条件だから、若くて有望な神材が集まらないのだ。そんな劣悪な環境で働いているあの死神にだからこそ訊ねてみたいことがある。
私はこの六日間。彼女に接触したりしなかったりを繰り返していたがなに一つ成果として表れていない。誠に遺憾である。
恵美子が下宿先の部屋に戻ったのを確認すると決まってセラの職場に赴き気になった本を片っ端から読みつくしていた。
今月号と書かれた棚の文芸雑誌には、世界的文学賞を受賞した男のインタビューが掲載されている。私は彼の名前をよく知らなかったが、セラの愛読書に含まれていた彼の作品は何冊か読んだことがある。いずれにしても世界が認めるほどの傑作と言われたものばかりだ。セラがあまりに彼の魅力を語るので、私も次第に彼を天才だと認めることにした。彼は若くしてその才能をいかんなく発揮し今まで文学界を牽引してきた。彼の文章はなんというか例えが独特で、それでいて非常にきれいな表現を使う。常人では捉えることができない人間の奥深さをさらっと物語に介入させるのだ。
そんな彼のコメントの中に「死」という言葉をみつけ、私は思わず目を惹いた。「死は生の対極としてではなくその一部として存在している」とあった。命の概念に対する最大限の皮肉というか、彼の確固たる覚悟というか、その揺るぎない信念を感じた。私は地獄の鬼ではあるが、作業のようになんの感情も持ち合わせず亡者に罰を与えること忌み嫌っている。それでもこの文豪からにじみ出る静かな執念、情熱を私は手元に残していない。今の私に足りないものは志だ。
「貫徹様、もう閉館なので」
セラから肩を叩かれた時、私は次のページを開こうとしていたところだったので、慌てて図書館の外に出た。
「死神様とのかくれんぼはそんなに楽しいのですか?」
「遊びではないのだぞ、もしや二代目の居場所を知っているのやもしれない」
「でも楽しんでいるのでしょう?」
私がいかに遊びではなく、あくまでも調査と人助けの一環だと力説しても、セラは、
「ますます楽しそう。私もその遊びにまぜてくださいな」と言う。あくまでも私と死神のいざこざを好奇な遊びとしか見てない。
「だから、これは遊びでなく真剣な勝負なのだ」
いくら諭しても貫徹様ばかり楽しんでずるい、私も仲間に入れてほしいと言って駄々をこねる始末である。
結局は私は気乗りしないままセラを明日の死神討伐隊のメンバーとして加入させることにした。
「明日は美味しいサンドイッチを持っていきましょう」
「だからピクニックではない」迫りくるため息を今しがた飲み込んだところだ。
「でも無理はだめですよ」最近できたお決まりの答えが返ってきた。
「無理は承知だ、無茶はしない」これも最近できたお決まりの答えである。
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