第13話
気がつくと私はビルの前にいた。駅前から百メートルほど離れた場所、そのビルは壁一面が窓ガラスのようであり、向かいの歩道橋やビルの非常階段が反射して映っている。ついさっきまで晴れやかな晴天だった頭上の空が次第に黒々とした雲に覆われ始めた。まるで地獄の鬼たちの隆々とした筋肉を思わせる膨らみがあり今にもひと雨きそうだ。ビルのエントランスの自動ドアに反射する私は野暮ったいジーンズをはき無地のパーカーを羽織ったいかにもだらしない大学生のような格好であった。おそらく着物姿であった私が必要に目立たないように馬頭と牛頭の計らいだろうが、私としてはもう少しおしゃれな服装でも良かったと思う。これでは初めて都会にきた田舎者のようではないか。
「とりあえずはこの服をなんとかしなくては」
私は都合よく足下に落ちていた木の枝に息を吹きかけ、ビニール傘に変化させると我が物顔で繁華街を闊歩する。空からしとしとと雨が垂れ始め、街の騒音が少しだけ掻き消され永遠に降りやむことがないような粘り強さを感じさせた。そういえば二代目と浮世に出向いたときは天候に恵まれないことが多かった気がする。
牛頭にもらった巾着袋からいきなりコミカルなメロディが鳴り出して驚き、取り出して中身を確認した。
入っていたのは、長方形の形をした板のようなものであり手に取ると振動していた。わけも分からずいろいろいじっているうちに板から声が聞こえた。
「坊っちゃん無事に浮世に着きましたか。私の声が聞こえたらそれを耳に当ててください」
牛頭の声だ。私は言われた通りに板を耳に当てた。
「牛頭、どうなってる? 場所ここであっているか? あとこの板はなんだ?」
「順を追って説明しますのでちょっとお待ちを……」
牛頭の話によるとこの長方形の形をした板は浮世の通信機器でスマートフォンというらしい。現代に生きる人間にとっては必要不可欠な道具だそうだ。
私は牛頭に基本的な操作説明を受けた。現代ではこの一枚の板で買い物ができたり、運命の相手さえも見つけてくれるという。こんなものにそこまでの性能があるなんてにわかに考えられないがこれが文明の進化を物語っている。
「話は聞いていたがここまで街並みが変わるのか?」そう尋ねると牛頭は「文明開化ですよ」と言った。
更に浮世でも地獄にいても通話できるよう改良したというのだから凄い。しかし充電の減りが通常の倍はやい欠点があるようだ。
「坊っちゃん。申し訳ありません。座標がズレてしまいました。目的地まで案内するので行ってください」
「あぁ分かった」
「くれぐれも通話切らないでくださいよ」
用途をある程度聞ければ詳しいことは手渡せた紙切れに記されているので問題ない。それよりも充電の減りが心配だ。
「こいつさえあればなんだってできるな」
「ちょっと坊ちゃん聞いてます?」
私の頭の中は冒険を楽しむことでいっぱいになっていた。
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