第10話

 極苦処には生前にちょっとした事で腹を立ててすぐに怒り、暴れ回り、物を壊し、勝手気ままに殺生をした者が落ちる小地獄である。亡者たちは常に鉄火で焼かれ、獄卒に生き返らされては険しい断崖絶壁の下に突き落とされることが繰り返される。


「亡者番号五〇八八八番には鉄をこの角度であてがるとよく苦しむのだ。そして一〇八八四四番は恥骨のあたりをこうぐりぐりと押しつぶすようにする。こいつは生前自分の赤ん坊を虐待して殺し、最後は子宮頸がんで死んでるから念入りにな……それであとこいつは……」


 鉄火の熱で汗だくになりながら鳥奴火は私の言ったことをひたすらにメモっていた。ときおり意地の悪い中年獄卒がこちらに好奇な目を向けて嘲笑っている様子が視線に映ったが私たちは関係なく仕事を続けていく。


「よしひとまず休憩しよう」


 リストにチェックを入れ私たちは一度社用車に戻った。


「先輩、軽食です食べますか?」


「いただくか」


 私は鳥奴火が作ってきてくれた握り飯を口に受け取り、もぐもぐと咀嚼する。


「すごいですね。先輩は亡者の過去情報を全て把握しているのですか?」


「全てと言うわけではない、ただ亡者の犯した罪の詳細や死亡理由は最低限頭の中に入っているぞ」


「そうですか、相変わらずそこだけはさすがです」


「そこだけが余計だ」


 私は軽く頭を小突くと、鳥奴火は不服そうに小突かれた個所をなで握り飯を口に入れた。お互いに食べ終わって休憩終了のアラームがなるのを静かに待っていた。


「先輩は今の等活地獄をどう思いますか?」


 なんだよ唐突に。私はそう思ったが鳥奴火が私に対して真面目な口調で質問してきたのが久しぶりだったので茶化すのをやめた。


「だめだな、信念を持って仕事をしている獄卒が少ない。特に左遷された中年獄卒など最悪だ。亡者をただ嬲り殺すだけであれでは一向に魂が浄化されず輪廻の輪に戻るなど到底無理だろう。お前も早くこんなとこから移動して他の地獄に移った方がいいぞ」


「じゃあ先輩はどうして莫迦羅様の誘いを断って新人時代からここを離れなかったのですか?」


「ここを離れて他の地獄に行ったとしてやることはこことさして変わらないさ。それに配属転換となると引継ぎとかもろもろめんどくさい事務作業が増えるからな。そんなことに時間を取られるくらいなら亡者たちと向き合う時間を増やしたほうがいい」


「亡者と向き合う時間ですか?」


「そうだ、仮物の肉体に魂を宿りし亡者たちは壮絶な拷問を繰り返され、長い時間をかけて自我を失っていく。しかしそれでは魂は浄化されない。本来地獄というところは浮世での自らの行いを懺悔し、まっとうな魂に戻すための最後の更生施設だ。だから闇雲に痛み与えても意味がない。痛みは亡者にとって浮世での自らの罪の記憶を呼び起こし悔い改めることができる唯一の感覚だ。だから私は亡者の話しを聴き過去を知ったうえで容赦ない罰を与える。それが一番亡者のためになるからな」


「先輩好き勝手言ってるとこ悪いのですが、あなたのせいで僕は配置転換できないのですよ」


 ぐうの音も出なかった。墓穴を掘るとはまさにこのこと。


「でも勉強にはなりました。ありがとうございます」


 鳥奴火が私に顔を向け頭を下げた。そんなに真剣な顔で言われると体中がむずむずしてしまう。


「まぁ今のは父上の受け売りであって、本当は浮世に姿をくらました二代目がいつ気を良くして帰ってきてもいいように……な。あの人は私がいないとだめだから」


 最後の最後で茶化してしまった。鳥奴火は笑みを浮かべ車内に鳴り響いたアラームを消しドアを開ける。


「じゃあ今度は僕が先輩がいつでも帰ってこれるように等活地獄を守りますよ」


「うむ、それでこそ私の部下だ。今日の分を終わらせるぞ」


 胸を張ってそう言い切った後輩を私は頼もしく感じた。



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