第9話

「……ということだ鳥奴火今から私の亡者をすべてお前に引き継がせる」


 鳥奴火は私が昨日寝ずに作り上げた引継ぎリストを一通り確認してため息をついた。


「閻魔大王様からの辞令の件は分かりました。しかしこの引継ぎスケジュールはなんですか?」


 呆れた眼差しで資料を突っ返してきた。何万を超える亡者のリストを見せられて、しまいには三日以内で完了させろなんて新人のキャパシティーを明らかに超えていた。それは認めるがしかし。


「しょうがないだろう、お前以外私の亡者を引き継ぐ者がいないのだから」


「それはただたんに先輩が他の先輩方に嫌われているからではないのですか?」


 その通りである。私こと冷徹斎貫徹は職場の中年獄卒どもに目の敵にされていた。等活地獄は八大地獄の中で比較的罪が軽い者が落ちる地獄であり、獄卒の仕事も他の地獄に比べて簡単なものが多い。だから出世コースから外れた中年獄卒や鳥奴火のような新人、私のような問題児が数多く配属されている。


「しょうがないのだ鳥奴火、お前は私の唯一の部下で気が知れた後輩。となれば必然的にお前が私の仕事を引き継ぐことになるだろう」


「引継ぎではなく、尻拭いでは? それにしょうがないといいますが、しょうがないで済む問題ではないと思います」


「鳥奴火しょうがないの次にくる言葉はないのだ。素直にあきらめろ」


「……分かりましたよ」


 大きくため息をついた後で鳥奴火は引継ぎリストを私の手から取り上げた。


「それではさっそく亡者の元へまいろう」


 私たちは社員寮の車庫にあった公用車に乗り込んで極苦処を目指し走り出した。


 免許をとったばかりの鳥奴火に運転を任せ私は鬼神タバコに火をつける。亡者の苦痛の叫び声が心地よく地獄の生暖かい風に乗って聞こえてくる。徹夜したからか少しでも気を抜けばこのまま寝てしまいそうだ。


「先輩そろそろ屎泥処しでいしょですからタバコを消して窓を閉めてください。あとよだれ」


 大あくびをして袖でよだれをふき取り鬼神タバコの煙を一気に肺に入れた。くらくらするほど刺激がある鬼神タバコは中毒性も強いがいい眠気覚ましにもなる。私は吸殻を中指ではじき、数十メートル先で鬼たちから逃げ出そうと足を動かしていた亡者のこめかみに見事命中させた。倒れた亡者は脳天を撃ち抜かれその中身を大地にぶちまけていた。


「見たか鳥奴火私のコントロールを!」


「はいはいすごいすごい。気が済んだら早く窓を閉めてください」


「へっ可愛くない、分ったよ閉めればいいんでしょ」


 研修中は私がやることなすこと目を輝かせていたくせに。私は最近反抗的になった後輩の態度に少々気に入らない。


「お前まだ屎泥処のにおいが嫌いなのか?」


「嫌いですね、そもそもその原因を作ったのは先輩なのでは」


 鳥奴火の視線が怖い。私はあえて目を合わせないように頬杖をつきながら窓の外を眺める。鳥奴火が私の元を離れ安孫子のところに配置転換になった時のことを思い出していた。


 そもそも屎泥処とは鳥や鹿を殺した者が落ちる小地獄であり、近年では動物を虐待した者が落とされる傾向があった。


 鼻がもげるほどの悪臭がこの小地獄全体に漂っているのは、そこらかしこに沸騰した銅と煮えたぎっている糞尿が沼のようにたまっており、亡者達はその中で苦い屎を食わされ、金剛のくちばしを持つ鳥に体を食い破られているからである。


「あそこで先輩に悪ふざけで沼に落とされたことを絶対に忘れません」


 屎泥処をあと少しで抜けようというところで鳥奴火は窓の外を指さして言った。


「あぁあれのことかすまなかったって、それにお前あれからずいぶんと口を聞いてくれなかったではないか」


「当然です、反省してください」


「もうしたした。許してちょ」


 一切悪びれることなく言うと頬に引継ぎ資料を押し付けられ私の顔面は窓に勢いよくぶつかった。


「あと五分で抜けますよ、念のため極苦処の亡者を整理しといてください。返事は?」


 生意気なと思いながら今鳥奴火にそっぽを向かれたら私はスムーズに浮世にいけなくなってしまう。


「先輩、返事は?」


「はい! 鳥奴火さん私し冷徹斎貫徹全身全霊で最終確認させていただきます」 


「よろしいです」


 アクセルを踏みこみぐんぐん前に進む。私に対しての扱いがだんだん安孫子のそれと似てきたのは偶然だろうか。


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