第7話

 二代目が地獄を離れると宣言したのは、いつだったか。


 私が最後にそれを聞いたのは等活地獄の極苦処ごくくしょだった。二代目は鉄火に焼かれた亡者たちの悲鳴を聞きながら無表情で蘇った亡者を断崖絶壁から突き落としていた。その後も刀輪処とうりんしょ多苦処たくしょに赴きひとり残らず亡者たちを惨殺した。私は数多の悲鳴の中をかきわけつつ、「どうして、こんなこと誰も望んじゃいないですよ」と訊ねてみた。二代目は自前の棍棒を振り下ろして亡者にとどめをさす。さっきまで形成された肉体はただの肉片になりあたりに四散する。その光景を眺めながら「親父殿を……地獄をこれ以上嫌いになるのが怖いのだ」と言うばかりであった。


「お主は手前の代わりに地獄を守ってほしい」


 二代目は等活地獄の亡者たちを一通りただの肉片にしてから地獄の門の番人をだまくらかして門を開け浮世へ放浪の旅にでた。閻魔大王が二代目の出立を知らされたのはずいぶん先のことであり追いすがろうにも時はすでに遅かった。


 目的を持たない途方もなく長い旅路にでたきり、二代目は未だに浮世から帰ってこない。


 私は二代目から名誉ある等活地獄の統括長を任命されたが、鬼神でも上級獄卒でもない一介の獄卒である私が八大地獄の一つを任されることに不満を抱く鬼は少なくなかった。


 おそらく二代目は引継ぎなどめんどくさい雑務を取っ払って早くここから離れたかったのだろう。考えなしに公の場に手紙を残し私を後任に推薦したあと風のように地獄を去った。


 私は日々の業務のストレスと中年獄卒の嫌がらせにとうとう堪忍袋の緒が切れて二代目を追いかけるため天界に忍び込むとむりやり浮世に繋がる門を開け払ったのだ。


「いまごろどこで何をしておられるのか」


 積年の思いが強くなる。自分は終わることのない旅にでて、上手いこと私を丸め込んだ挙句めんどくさい業務を押し付けた。怒りを堪えながら、憎むべき相手に会えることを心待ちにしているのだ。我ながらなんと滑稽なことであろうか。

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