第6話
閻魔大王の王宮は南瞻部州の南、大金剛山の内にある。それは実に立派な王宮で城壁が七重になっていて、その広さは縦横六千由旬もある。一由旬が七.二キロメートルなので尋常じゃない広さということだけはわかる。
私が王宮に着くとまず身体検査を受けるはめになった。私のような一介の獄卒が王宮に招かれることは稀であり上級獄卒と呼ばれるごく一部の鬼でしか王宮には入ることができないのだ。
「はい、口を開けて」
「はいはい」
王宮で勤務する役人たちは言葉少なく私の体を隅々まで検査した。どうせなら花もはじらう乙女に検査してもらいたかった。いくつかのチェックを済ませた私はようやく閻魔大王の待つ閻魔の庁に案内された。閻魔の庁とは閻魔大王が亡者を地獄か天国どちらに送るか判決を下す場所で、亡者の生前のすべての行いをあらわす浄玻璃の鏡がある。
「貫徹か、よく来てくれた」
閻魔大王に会うのは父の裁判以来であった。
「大王様お久しぶりです」
「父のことはまことに無念であった」
閻魔大王が頭を下げそうになったので私は慌てて阻止する。
我が父、冷徹斎宗徹を阿鼻地獄に落としたのは何を隠そう閻魔大王だ。天界から圧力をかけられ地獄で働く全ての獄卒の生活を人質にとられた閻魔大王は苦渋の判決を下した。しかし私は閻魔大王を恨んでなどいない。昔から私に親しく接してくれたし、父なき後も私の事を思いいろいろ根回しをしてくれていた。また罪滅ぼしのつもりかときどき大叫喚地獄に訪れては自ら罰を受けていると聞く。
「さっそくだが貫徹、頼まれてくれるか?」
「なんなりとお申し付けください」
「うむ。実はそなたに栄転を命じたい」
「部署移動ということですか? いずこに?」
――黒縄地獄か? 叫喚地獄か? もしや大叫喚地獄ではあるまいな。
「ふむ、実は浮世に行って欲しいんだ」
浮世と聞いて私は身体が震えた。私は何百年も前に許可をとらずに勝手に浮世を訪れて悪さを働いた。その悪行がばれていままで無期限の外出禁止を喰らうはめになった。
「ということは視察課ですか?」
「そうだ。実は視察課に一人欠員が出てな、いろんな部署に声をかけたが生きた人間を嫌う獄卒が多いからゆえ、司命にも相談して、まぁ不本意ではあるが貫徹に白羽の矢がたったというわけだ。お主一年くらい行ってやってくれ」
「喜んで行かせていただきます」
「そうか、行ってくれるか」
「はい一年といわず十年でも百年でも」
「いや、お主をそんなに浮世へ行かせたらわしの沽券に関わる」
閻魔大王のため息もむなしく、私は久しぶりの浮世訪問に心を躍らせた。あぁさっそく準備してすぐにでも向かいたい。
「それとだ……これは内密の話しだが浮世に着いたら、バカ息子の様子も見てきてくれぬか」
「二代目の?」
閻魔大王は黙って頷いた。私も勘づいたがそれ以上は何も言わなかった。昼休み終了の放送が流れる。
「すまぬな、昼休みを無駄にしてしまった」
「いえいえ、これから衆合地獄に戻って仕事の引継ぎをして参ります!」
「ちょっと待て貫徹」
「まだなにか」
その場で駆け足する。もはや私の高ぶる心の鼓動を止める者はいないのだ。
「実はそのぉ、このことはまだ莫迦羅に伝えておらぬのだ」
「ええぇ!」
衝撃的な発言に私は思わず足を止めた。
「そんなに大きな声を出すでない」
「いや出しますよ、私はてっきり閻魔大王様直々にお申し付けたと」
「ふむ、お主の言いたいことはわかる。しかしな、莫迦羅はその、勝手なことをするととてつもなく恐ろしいではないか、わしはやつに怒られとうはない」
「閻魔大王、あなた様が恐ろしいお相手を一介の獄卒である私がどうにかなると」
「まぁお主ならなんとかなるだろう」
「そんな無茶苦茶な」
「なに、お主が浮世へ行くにはそれなりの試練が必要だということだ。とにかく健闘を祈る」
「まぁ上手くやりますよ。それでは」
閻魔大王に一礼して王宮を後にし駆け足で等活地獄に向かう。
「時間はたっぷりあるから丁寧に引き継げばいい」と制したが、私にはその時間がもどかしかった。
二代目に会える!
私は身体がどんどん軽くなっていく感じがした。
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