第18話 後輩と契約した!
後輩の名前を久方ぶりに思い出した。
というのも、会社で会話をするのはほとんどこいつとハゲ課長だけだったからだ。名詞を特定する必要がなければ名前を呼ぶことはない。
他のやつらとはチャットツールによる文字通信だけだった。入れ替わりが激しく、個別の連絡先を確認するのが手間になったのだ。
きちんと文字に残しておかないと何も覚えていられないというのもある。
何も覚える必要のない会話は席が隣だった後輩と、右耳から左耳に通す労力も惜しいハゲ課長くらいとしかする余裕がなかった。ハゲ課長との会話は無くせるなら無くしたいものであったが、残念ながら仕事を辞めるまで無くせなかった。
業務用のスマホは辞表と一緒に置いてきたから電話が鳴らなくて快適だ。もっと早くこうしていれば良かったとも思えてくる。
さて、今更ながら後輩の名前を確認しているのは『契約』に必要だからである。
「妾の麾下に入るのであれば、まといの配下となるがよい。従属せよ」
「そうして私に何でも命令に従うようにして、酒池肉林の極みに堕すのですね。とんでもないセンパイです」
「俺をケダモノみたいに言わんでもらえますかねえ!」
先ほどまでの険悪な態度はどこへやら、魔王――アトレと後輩――紫水はバッチリの連携で俺を貶めに来た。
「いくらなんでもそこまで節操のない人間ではないからな」
「とは言うが人間など簡単に変節するものだぞ」
「静かに!」
「センパイは命の危機に、好きにしてよい女が現れたら好きにしてしまうのですよね」
「しない、もうしないから手に持ったハサミ置いてもらっていいですか?」
アトレは物理的に恐ろしいが、紫水は精神的に怖ろしい。とんだ女が集まってしまった。
話を先に進めて保身を図る。
「改めて確認するが、アトレ、紫水はお前が直接ではなく俺のよく分からん権能とやらで俺の配下にする、ってことでいいんだな?」
すっかり皿を綺麗にしたアトレはだらクッションにダラダラと転がって答えた。
「ああ、好きにせよ。妾が配下にすると直属のものが増えて管理がめんどうじゃからな、前にも言うたが今後はまといの判断でてきとーに増やすなら増やせばよかろ」
「雑だなあ……」
配下を増やすにはいくつかの手段と順番があるらしい。
俺の場合はかなり自由意志が尊重される最上位の従属らしい。
お互いの同意を以って結ぶものだそうだ。割となし崩しだったが。このあたりの度合いは調節が効くようだ。
続いて契約による関係性。
こちらもお互いの同意を要するものだが、従属と違うところは基本的に対等な関係性を維持できるところだ。
紫水とはこの『契約』を結ぼうと思っている。
問答無用で下に置くのが隷属。
おおよそ敵対者を無力化する場合に用いられる模様。
従属と隷属においては主権者の名のみで実行可能なところにパワーとは力であることを感じる。どれほど敵対心があって元気に暴れていても、根本的なところで負けていたら無条件で折られてしまうのだから。
契約はお互いの名が必要である分、いくらか尊重している感じはした。
「ええと……コマンドだったか」
本来、人間としてそんな能力は当然持っていないが、いつの間にかアトレから貸し与えられた権能により、俺もそういったコマンドを使用できるようになっているとのこと。
「コマンド:【羽烏マトイは紫水華火に契約を示す】【参照:手中の契約書に準ずる】」
前もって用意した契約書を持ちながらそう宣言する。
すると、同時に契約書と紫水が淡く光を放ちはじめた。
「ああ……こんな風に表示されるのですね」
俺には見えないが、契約を持ち掛けられた側には選択を迫る何かが見えているらしい。
無能力者へのシステムによる配慮である。
紫水はこっくり頷くと、
「はい、【紫水華火は羽烏マトイと契約を締結します】」
ノータイムで契約内容を受け入れた。相談して決めた内容ではあるが、こんな簡単に決めてしまって良かったのか。
淡い光を纏ったままの契約書は謎の力で二枚に増え、俺と紫水の胸へと融けるように消えていく。
光もまた身体の内面へと押し込まれるようにして消えていった。
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