第17話 敵の反対は味方
後輩は口元で指を折りつつ、思案する。
「バトルロイヤル……であれば、協力する体制などは不可能。ダンジョンに入った時点で望む望まないに拘らず、敵対が確定してしまう……」
「なんだかよく分からんがそういうことらしい」
一つ頷いて、後輩が結論を出す。
「信憑性はともかく、すごく身体に悪そうなエッセンスを浴びてしまう、という可能性があるだけで嫌悪感が勝るので、ダンジョンには行かないことにします」
「ああ……まあ、それがいいだろ。お前もデスクワークで身体は鈍りまくりだろうし、いきなり運動なんかしたら危ないぞ。腰は一生ものだからな」
「私はセンパイと違ってジムで多少の体力作りはしてましたので」
「なん……だと……?」
あの生活の中でどうやってジムに行く時間を?
いや、時間はともかく、ジムで運動するモチベーションを持てたこと自体が異常だろ。俺なんか職場と家と飯の往復しかしてないのに。
恐れおののく俺を尻目に、後輩はアトレに尋ねた。
「これで私とセンパイは敵対しない……そういう認識でいいですね?」
「現状はな」
「今後も、私はセンパイを敵とみなす予定はありません」
「そう言うやつほど甘言に乗せられて痛い目を見るのがオチよ。人間とはそういう生き物なのじゃろ?」
やたらと瞬きをしながら俺を見るアトレの問いに「はい、そうです」とは頷きがたいが、否定もしにくい。
人間は良くも悪くも変化を受け入れる能力に長けている。
今でこそ会社で苦楽を共にしたおかげで後輩は俺のことを良く思ってくれているようだが、一か月も経って正常な精神と美的感覚を取り戻したら正気に還る可能性は高い。
俺はくたびれた中年で、後輩は体調さえ整えばまだ眉目秀麗なOLなのだから。もうオフィスからは出ているけれども。
「ダンジョンに関わる気はもうありませんので」
「ほれ、考えが甘い。こんな初期に発生したダンジョンなどさして脅威でもないが、領域を掌握された場合はあれの比ではない。自由意志が認められるなどとは思うでないぞ」
「何を言っているのか分かりませんが……やはりいずれ何かしらには巻き込まれるようですね」
世界規模で起きている異常現象。
わずか三日の間に俺の身近に起きたものだけでも、アトレにカルト思想、正義の味方と三つも挙げられてしまう。
この頻度、密度で発生してしまっているのであれば、まったく関わりなく生きていくのは難しそうなのは確かだ。
後輩は一つ溜め息を吐いて、訊いた。
「それであなたは私をどこに誘導したいのですか」
「……誘導?」
思わず俺が返すと、彼女はこくりと頷いた。
「潜在的敵対者とやらにご親切にも色々と教えてくださって。センパイにはともかく、こんなケーキ一つで私にもそこまで親切にしてくださる方なのですかね?」
「いや、それは……」
言われてみれば、めんどうくさがりやの割には長々と話してくれたな。
やらなければならないことをやりたくない、逆にすればやらなくてもいいことはやりたい気質。
やらなくてもよい余計なことをやっている……?
アトレの表情を窺うと、いたずらっぽくモンブランを口に運び終えたフォークを噛んだ。
「妾としてはどちらでも良かったんじゃが。客の方が気付いたのであれば、答え合わせぐらいはしておこうかの」
「私はダンジョンについて分かれば良かったのですけど」
「いやいや、せっかくまといが妾のために美味そうな魂を連れてきたのだ。ただで返すわけがなかろ?」
俺はとっさに後輩の手を引いて、背の後ろに隠した。
「お前に食わせるつもりで連れてきたんじゃないぞ」
「――と、人間が関係値の高い他者に対して感情を移すことは妾も分かっておる。安心せい、妾は従属するものに広い心を以って接しておるのでな。ゆえに、まとい、おぬしから提案させようと思い、さんざん合図を送ったのについぞおぬしは気付かんかったな。鈍感すぎやしないか」
……どういうことだ。
あのへたくそなウインクらしきものが合図だったと?
肩口からこっそり顔を出した後輩が答えを示した。
「二者間で対立関係にならない根本的な対策は味方になってもらうこと……」
「敵対者ならばぺろりといただいてしまうが、従者の魂ならば比較的大事に味わう方じゃ。まといと違う味の魂をいつでも愉しめるようになるしの。むしろせっかくの理解者であるなら積極的に味方に引き入れるべきではないのか? こやつ、全く気が利かぬ」
「センパイに機微を期待するのは無駄ですよ」
「おぬしがあれほど分かりやすく発情しておったのに、まといは全く気付いておらんかったしな」
「してませんので、気付かれなくて当然ですが」
後輩のことを想うのであれば、魂を食うとか言ってるバケモノにあまり関わらせない方がいいのでは?
ダンジョンとか言ってるから致し方なく連れてきたけれども。
会話の方向がなんだかおかしくなってきた。
なんとか着地点だけは掴んだので、方向を修正する。
「つまり、こいつを俺の部下にしてしまえ、そういう話でいいのか?」
そして、そういうことになった。
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