第16話 ダンジョンとは?

 ダンジョンとは。


「いわゆる餌場じゃな。手っ取り早く餌を集めたい時に使われがちで、自意識過剰な阿呆がやりがちな」


 初手から不穏な単語が出てきて不安を煽る。


「餌となる対象にとって、価値のある物質などを配置することで誘い込み、中に入ってきた生き物からエネルギーを奪うわけだ。対象があまりに脆弱な場合は力を貸し与えて育てたりもする」

「そんな養殖の概念まで」

「そこまでするのは性格の悪いやつが多いぞ。鍛えに鍛えてやっとの思いでダンジョンの奥底までやってきた餌の前に現れて、すごく善戦させたところで貸していた力を取り上げるのを趣味にしている下種もおるし」

「最悪のマッチポンプですね。急激にダンジョン行きたくなくなってきました」


 わずか一分足らずで後輩の手のひらを返させるデメリットには舌を巻く。


 最奥に行かずとも、ダンジョンマスターの気分次第で努力が無に帰す可能性を示されて、全力で頑張りますとは言えないだろう。


「それで私があなたの敵だというところと、どう繋がるのですか」

「ダンジョン運営において、餌と兵隊は同義。力を与えるというのは、そやつに従属の印を付けられたとも言える。力無き生き物は与えられたものを手放すことに忌避感を覚えることが多かろ? 餌をいいように動かすなど容易なことよ」

「……つまり、あなたは明確にダンジョンマスターと敵対する側に立つ者であると?」


 それとなくごまかしながらこの席を用意したのに、ズバリと後輩が切り込んだ。


 完全に隠しきれるとは思っていなかったが、余計なことを漏らす必要もないとぼかしていた。

 アトレの言動からして隠すのが無理だとは言わないお約束だ。


「うむ。めんどうゆえ、妾からどうこうするつもりはないが、ダンジョンを開放するような自己顕示欲の強い阿呆ならば身の程をわきまえずにつっかかって来るであろうからな。妾と妾の従者たるまといに敵対する未来が見えるわ」

「待って。センパイが従者……どういうことですか?」

「言葉通り、まといは妾のものだが」

「あなたには訊いていません。センパイ?」


 ハゲ上司のミスで俺たちだけ三徹対応になった時と同じ瞳をした後輩が視線を向ける。表情が変わらずとも、目は口ほどに物を言っていた。


 この視線を正面から受けてもバカ笑っていられるハゲ課長のすごさを今感じている。


「アトレ、事情の説明とかってしてもいいのか?」


 俺の判断は素早く、再びアトレを巻き込む方向に進める。


「隠していることでもあるまいし構わん。喧伝するようなことでもないがな」

「許可が出たから話すが……ダンジョンマスターもこいつも異世界からやってきたパワーホルダーだ。俺たち、っつーか地球は今、異世界で発生したイベントに巻き込まれてんだよ」

「なるほど」


 納得するのかよ。


「原因不明の超常現象に多少の説明が付いたので、そういうこともありますかね、ぐらいには。実際、この世のものとは思えぬダンジョンなんかが出てきていますし」

「心のツッコミを読むなよ」

「センパイの顔に書いてあります」


 そこまで分かりやすい人間ではないはず。


「どんなイベントか、ってーとアトレとかダンジョンマスターを含む複数の強いやつらが魔王プレイヤーとして地球を舞台にバトルロイヤルサバイバルする話な。今は転移したばかりで実力を発揮しきれないから、現地で味方を作ったりして力を蓄えるターンらしい」

「はた迷惑な話ですね……。しかし、それでなぜセンパイがそこの魔王とやらに従属するハメに?」

「全然分からん。なんか都合が良かったらしい」


 今更だけど都合が良かった、ってなんだよ。

 自分自身で魔王に選ばれて都合の良い要素が全く思い浮かばない。謎システムがよ……。


 アトレを見ると、意味ありげにウインクを返された。いつの間に覚えたんだ。


「晩飯を食ってたらいきなり部屋の中に現れたんだよ。それで魂をぺろりとされたら誰でも従うと思わんか?」

「……脅された風の言い方をする割には良好すぎる関係を築いてません?」

「そそそそそんなことないが?」

「いえ、もう、わざとらしく動揺してごまかそうとしても、やることやってるのは分かってますから」

「はい」


 挟んでみた悪あがきを諭されてしゅんとなる。


 さすがの俺でも職場の後輩にそういった事情を察せられるのは恥ずかしいので精一杯ごまかしたが無駄らしかった。

 ごまかすつもりがあるならこんな汚え部屋に連れて来るなという話である。


 何にもごまかせていないのは後輩の聡さよりも自身のずぼらさに原因がありそうだった。

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