第15話 犬猿とか前門後門みたいな関係になりそうな二人

 俺は慌てて事実ではない部分を指摘する。


「違うから! そいつは家出とかじゃねぇ!」

「ええ……まさか純愛とでも? 十歳以上離れた未成年が相手だと大変ですよ」

「全部違うッ! こいつに思慕の情はないっ!」


 完全に否定すると、むしろ後輩はドン引きとばかりに乏しい表情を引きつらせた。顔色はいつも通り土気色のままだが。


「何も想っていない相手とやることをやっているんですか」

「いや、それは……海よりも深く、山よりも高い理由があってだな、いたしかたなく」

「仕方なかった割には随分とお愉しみだったようですけれども」


 後輩は部屋の中を見回した後に鼻をひくつかせた。


 やっぱりお気付きになられますか。


 しっかり換気したつもりだったが、なんかくせぇなと俺も思った。おざなりにした掃除の不足が響いている。

 出掛けにどろどろになったシーツを剥がしてテキトーに床とか拭ったあと洗濯機に突っ込んだだけだからな……。


「……命が掛かってる時にめちゃくちゃいい女が、いいよ、って言ってきたらそらそうなるで」

「そんな魔窟に私を連れ込んで、次は職場の愛らしい後輩を嬲ってやろうという算段ですか。センパイ、本性は鬼畜だったのですね」

「しねーよ!!! あのさ、本題を忘れてないか、お前!」

「しないのは命が掛かっていないからですか。それとも私がめちゃくちゃいい女ではないからですか」

「めんどくせーこと訊くなよ……!」


 無表情でその問いをされると非情に怖い。

 どう答えてもダメそうな気がする。


 誰か助けて。


「んあ……なんじゃあ、うるさいの……」


 助けを求める心の声に応えたのか、むしろこれだけ騒いでようやくなのか、床でごろ寝していた女が起きた。

 寝ぼけ眼であくびをすると、パチパチとまばたきをして後輩と俺に視線を向ける。


「まとい。こやつは何だ?」

「職場の元同僚だよ。仕事を辞めて、新しくできたダンジョンで稼ぐつもりだそうだ。アトレはダンジョンについて詳細を知っていたりしないか? ダンジョンを攻略するに当たっての話が聞きたいってよ」


 そう答えるとアトレは興味なさげに言った。


「なんじゃ、めんどうくさい。敵の尖兵に時間を割くほど無駄なこともなかろ」

「はあ?」


 またぞろ、意味の分からないことを言い始めた。


 職場の後輩が敵の尖兵、どういう見解なんだ。むしろ同じ塹壕の中で生死を共にした仲間と言っても過言ではないのだが?


 俺が問いただそうとしたところ、会話に割り入る女が一人。後輩である。


「敵とは、もしかして私のことですか。センパイの唯一無二たる相棒の私を敵だと?」


 その表現は初めて聞いた。


「そうだ。まといは妾のものゆえ、敵のものになるそなたは敵であろ」

「センパイ、いつの間にこんな古ぼけた口の利き方をする女を拾ってきたんですか。用が済んだらきちんと元の場所に捨ててこないとダメですよ」


 ……もしかしなくても犬猿の仲ってやつだな?


 後輩には妙に懐かれたなぁ、と思っていたが、結構マジな感じだったりするのかコレ。

 この年齢まで恋愛筋を全く育てられなかったので状況を理解できない。


 理解はできないが、このまま放置するとマズそうなのは把握した。


「あー、我が後輩よ。こいつはダンジョンの識者だ。アトレ、俺たちはそもそもダンジョンがどういった場所かも分かっていない。そこの説明がないと敵呼ばわりされる理由も謎だろ。テレビなんかよりためになる話をしてくれよ」

「んんん……」


 アトレは渋い顔をしていたが、


「あ、コレはおみやげのケーキな」

「気が利くな! 皿とふぉーくを用意せい!」


 ご機嫌取りに駅前で買ってきたパティスリー自慢のモンブランの存在を知ると急に機嫌を良くした。あまりにもチョロい。現代日本に馴染みすぎている。


 他にも買ってきたので、三人分の用意をしてテーブルに並べる。後輩の座るところには比較的綺麗そうな座布団も置いといた。


 テーブルに準備をするなり、アトレがフライングぱくり。

 俺の着席を待たず、♪マークでも周囲に侍らせそうな勢いでモンブランを味わいだす。


 人間の食物はエネルギー摂取の代替物、程度の物言いをしていた割にはずいぶんと楽しんでおられる。余計な一言で「それじゃ魂を一口」なんて藪蛇を出しても困るので胸の内に留めておく。


 半分ほどをさくさく消化して、手前に置いたドリップコーヒーで眉を顰める。


「まとい、妾、この黒い液体は好かぬ」

「苦いものを飲んだ後に甘いものを食べると、普通に食べるよりも甘さが際立って感じられるぞ」

「ふん……そんなことを言って、妾に変な味のものを飲ませようとするのだろ。前にも飲んだことあるが、そのような魔法の如き事象など……!?」


 言いながらも素直にコーヒーをごくりと飲んで、にがっ、と口を歪めてからモンブランをぱくり。

 アトレは味の変化に目を見開いて、俺とコーヒーとモンブランの間で視線を彷徨わせた。


「どうだ?」

「……わるくはない」


 再びコーヒーに口を付けているところを見ると、本当に悪くはないらしい。


「しかたない。もんぶらんとこーひーに免じて少しばかり教えてやろう」

「三百円のケーキで買収完了している……」


 後輩が何やら不穏な呟きをしていた。

 せっかく機嫌が良くなったんだから静かにしておけ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る