第14話 その言い方には語弊がある

「センパイはダンジョン行かないのですか?」

「あのな、二十代のお前と違って、俺はもう身体が付いていかないの。運動なんか無理だ。興味もないしな」

「ではセンパイはどうやって生計を立てるおつもりで」

「さぁな。とにかく一度ゆっくり休んで考えてぇよ。ただでさえ余計な出費があるから、近いうちになんとかしねぇと、とは思うが」


 俺一人なら数年遊ぶには十分な貯金はあるけれども、二人分は想定していなかった。

 貯金に余裕がある内に再就職しなければな、という気持ちだけ持っている。俺の代わりに働いてくれる人おらんかな。


「最悪は同業他社で上司だけでも変える形だな」

「ボロ雑巾よりも酷いことになる未来が見えますね。この業界、ブラックの濃さを競っている会社ばかりなんですから。まあ、もし心身ともに砕け散ったら、成功した私がセンパイを養ってあげますよ」

「成功したらな。何にも分かってねえのに楽観視できるお前がすげぇよ」


 あんなに俺たちの常識ではまともじゃないものに飛び込める勇気というか、やる気とか勢いをとても持てない俺は心の底から感服して言った。


「家でごろごろ遊んでいるヒモを養う心優しい私に感謝してください」

「お前が成功する前提で俺をクソ野郎にするのやめてくれるか」

「センパイは養われるまでにダメ男エピソードを積み上げておいてくださいね」


 あれ? この仕事ができる後輩に対する印象が変わりそうだな?


「……冗談はここまでにしとくが、実際、ダンジョンで稼ごうなんてできんのかね。特殊な才能が目覚めるにしても、適した技能じゃないと全くやれない、あるいはめちゃくちゃ時間がかかるってのはよく見る話だろ。自衛隊しか入れないように制限するとか」


 雑魚敵を十年倒し続けてようやく覚醒しました、みたいな。……どこかで聞いた話の気もする。


 有用な資源が手に入るなら、無制限解放とかはありえないだろうし、しばらくは日本で独占しようとするのではないか。


 海の向こうの国がはりきりそうな事案だし、民間人の手頃な金稼ぎに使える手段と化すのは時間がかかりそうだ。

 さすがに俺たちの貯金もダンジョン攻略しながら十年持つとは思えない。


「ミリオンダラーになるまで冗談にしておきますが」


 どことなく背筋の冷えるような前置きをして、


「やってみなきゃ分からないですが、その内、否が応でも何かしらの超常現象には関わらざるを得なそうな世相なので、どうせなら自分で選んで関わりたく思いますよ」


 後輩はそう答え、机の奥底から発掘されたいつ買ったか不明なチョコ菓子をゴミ箱に捨てた。


 どうやら彼女は、つい数日前から始まった異常事態を一過性のものではないと判断している様子。

 生活の横に並べて置いてある異常を選べるのなら、確かに少しでもマシな異常の横で眠りたいと思うのは心情か。


「……そんなら詳しそうな知人がいるから話を聞いてみるか?」

「え? ……ああ、税理士とかですか。個人で稼ぐと税金とか大変だと聞きますからね、助かります」

「いや、ダンジョンに。税理士は自分で探してくれ」

「え?」


 そのダンジョンマスターとやらもどうせ魔王の一種なんだろうし、専門家……魔王ご本人が我が家におられる。

 少なくとも地球人類の誰よりも情報は持っているだろう。






 後輩を家に連れて帰ることになったので、魔王――アトレに連絡を入れておいた。


 買ってみたはいいものの使う機会がなくて埃を被っていたタブレットを与えたのだ。家の中で使う分には契約がなくても無線でネットには繋がる。

 連絡用のアプリを入れて使うようにしてある。


 だが、その連絡も気付かれなければ無意味。


 辞表を課長に叩きつけた足で優雅にランチを食して家に帰った俺たちを待っていたのは、昼間から床で自堕落に寝ている魔王だった。

 せっかく寝間着も買ってやったのに、俺の着古したシャツ一枚で固い床に転がっている。パンツを履いていたのだけは褒めてやろうか。


 俺は室内の惨状を隠しながら後輩に言った。


「すまんが、少し外で待っててくれ。かたづけを」

「多少部屋が崩壊していても気にしませんよ、私も掃除なんかする余裕ありませんでしたし。失礼します」

「あっ、おい!」


 後輩は止める俺の脇からサッと靴を脱いで部屋に上がってしまった。

 そしてすぐさまご対面。


 ともすれば学生にも取れる見た目の女が床に転がっているという光景に、後輩はぽつり。


「……家出女子高生を囲うなんてことをセンパイがしているとは」

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