第11話 マトイとアトレ

 呆れた声音で魔王が言う。


「能力に呑まれてどうする。おぬしの技能は、しっかりおぬしの意思の下、こきつかって制御しろ」

「…………言いたいことは分かった」


 俺は頭に引っかかっている洗濯物を部屋の隅にポイと放り捨てる。

 服の扱いをきっちりしなければならないという妙な義務感は消え失せていた。


「コスプレ……いや、“なりきり”の弊害だな」


 対象のキャラクターに内面まで引っ張られてしまった、ところを魔王が暴力的に解決したのが今起きたことだと感覚的に理解している。

 具体的なアレコレは不明だが、『コスプレイヤー』の技能を扱うにはそれなりに練習が必要なようだ。


「それはそれとして、もうちょっと穏当なやり方があったんじゃないか?」


 首が変な角度に曲がったまま戻らないでいる俺は非難がましく言った。


「十二分に優しく触れてやったろう。人間種を壊さずに叩くのは難しいんじゃぞ」

「空中大回転する威力があったんだが?」

「回転しないように叩くと中身が潰れるけれども、そちらが良かったか?」

「今後は何かあっても叩くことを選択肢から外してくれ」


 腐っても魔王……。


 勝手に特殊な能力に秀でている、フィジカルは戦闘タイプと比べると弱い魔王なのかと思い込んでいたが、普通に強いじゃないか。

 単純に種族差だと言われても納得せざるを得ない。


「……他にも魔王がいるらしいが、他の魔王もお前みたいに強いんだよな。そんなやつらが暴れたら、あっという間に地球が壊れちまいそうだ」


 脳裏に浮かんだのは外宇宙から侵略のためにやってくる戦士たちのマンガだ。ああいうレベルの魔王プレイヤーが集っているのであれば、地球も簡単に粉みじんにされてしまう。


「んー、腕力比較などしたこともないからのう」


 ウチの魔王はのんきに答える。


「おおよそは人間種よりも強靭なやつらが来ておるだろうが、現時点で本気を出せるようなのはおらんじゃろうから気にするな」

「と言うと?」

「まだ環境が整っていない、というのが合っておるかの。こちらのマナと元世界のマナは似ているようで違う。簡単に言えば、慣れない道具は使いづらい。だから代わりにおぬしのような現地の者を手足として使うことになるわけよ」

「なるほど。いまいち分かっちゃいないが、ともかく時間が経つほど魔王たちは強くなることだけ理解した」


 本気じゃないのにあんなんになってしまうのか。

 魔王に小突かれるような真似は控えなければならないことも理解した。


 これ以上お強くなられると、下手したら手加減を失敗して中身の潰れる事案が発生しかねない。


「つーか、他にどんな魔王がいるのか知ってるんだな。どれくらい来てるのかも分かるのか?」


 聞いた話だとどこの誰が魔王として選ばれるのは、超越存在次第であるような印象を受けた。

 それならば数自体は割とアトランダムな気がする。確実に呼ばれるであろう実力者はやはり異世界でも名が通りまくっているのかな。


「詳細は知らんが、大量の異世界渡りが発生すると『ゲーム』に気付くじゃろ。あっちの世界でも勢力図が変わるから一大事で、どういうやつが渡ったのかは話題になる。そこからの推測じゃな。なぜ消えたのか、は当事者になって初めて知ったが」

「ああ、言われてみれば確かに……」


 地球で例えれば世界各国から国王と大統領と総理大臣が一斉にいなくなりました、ってことになるのか。実際には政治中枢じゃなくて武力基準なのだろうが。


 そりゃ混乱を極めるに違いない。

 誰が残っていて、誰が消えたのかは最重要情報だな。


「そんで他の魔王は、魔王と……ややこしいな!」


 考えてみれば未だに俺は名乗っていないし、魔王の名も聞いていない。名詞として魔王が頻出する以上は個人名が無いとややこしすぎる!


「お前、名前はなんていうんだよ」

「“啜り呑む者”だと教えなかったか?」

「それは種族名……種族の名でもない気がするけど、お前自身を指す言葉じゃないだろ」

「いや? 今のところは妾しかおらんのでな、その名は妾を指す」


 絶滅危惧種かよ。その食性からすれば俺たち的には数が少なくてありがたいのかもしれない。


「今はお前一人だとしても、二人目が出てきた時に困るだろ。長くて呼びにくいし、俺が呼んでもいい名前を教えてくれ」


 魔王は銀髪の根本を指で掻いた。


「で、あれば、おぬしが考えろ」

「……はあ?」

「必要がなかったのでな、妾に個体認識のための名は無い。おぬしが必要だと言うのなら、おぬしが考えるのがよかろ」


 名前が無い。

 そういうこともあるのか。


 自然発生とかだったか。産まれた時から社会的な繋がりが要らないのであれば、名前が無いのも道理ではある。


 俺は少しばかり思案した。


「じゃあ、アトレと呼ばせてもらう」

「好きに呼べ」


 絶滅危惧種にちなんだ命名。英語だとレッドアラートだったよな、違ったっけ。


「今更だが俺の名前は羽烏マトイ。呼んでも呼ばなくても良いが、人間はたくさんいるから個人認識名は覚えとけ」

「はがらすまとい。妾を呼びにくいと言う割にはおぬしも長いな」

「現代日本は苗字と名前の単語二つで認識するんだよ。マトイが名前だ」

「まといか。おぬしの名前は把握した。忘れなければ忘れないはず」


 明日には忘れられていそうだ。

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