第10話 仕立て屋になりきってみた
コスプレとは何か。
コスチュームプレイ、すなわち何某かのシンボルとなる服を着て、その何某かになりきって遊ぶことを指している。
いわゆるアニメやマンガなどサブカルチャーからの出典が多いものだが、昨今では間口が広がって、無機物やセリフのコスプレという意味不明なものも許容されてきているとか。
整合性というよりは、そのコスプレに納得があるか。もしくはそれをぶっ飛ばす面白さがあるか。
焦点としてはそちらに重きが置かれつつある気がする。
エロい女が映っているだけでヨシとされる場合もあるが、それは例外としておこう。
つまり何が言いたいか、というと、納得さえあればそれはコスプレ足り得る。
「それがこすぷれ、なのか? 妾にはその辺に捨ててあった服を着たようにしか見えぬが」
「一応洗って綺麗にしてあるから!」
それを仕舞わずハンガーにも掛けておらず山になっているだけだ。
今、俺が着ているのは喪服テイストのあるスーツである。首元、ネクタイを緩めてだらしない感じだ。
でも、きちんと袖口などはアイロンをかけている。長年放置されたアイロンは埃の中に埋もれていたが無事に動いて良かった。
「これはテーラー、仕立て屋のコスプレだ。調べたら流れの凄腕仕立て屋がこういう恰好でやってるマンガがあった」
現代におけるテーラーとはスーツを作る店のことだ。
格式の高いところでは主にオーダーメイドを受け、イギリスやイタリアに本流がある。
イギリス式だとキッチリカッチリ、王室御用達が誇りとなるような格調高い造りがメイン。
そしてイタリア式だと雰囲気緩めの受け入れやすさがある懐の深い造りが増えてくる。
日本はイギリス式の影響が強いらしいので、俺が持っている吊るしのスーツもおそらくイギリス式だ。
凄腕仕立て屋はイタリア服だったが、初心者の目線では違いがよく分からないのでセーフだろ。
「で、コレは着たら技能が発動すんのかな?」
「そういうことを言っとる時点でしとらんのではないか? おぬしの技能ならばおぬしの意に沿うものだと思うが、慣れぬ内は口頭で発動を指示するのが分かりやすくてよかろ」
「なるほど。では……『コスプレイヤー』発動!」
瞬間、俺の思考に補正が入った。
凄腕仕立て屋の補正が、部屋を満たす雑な洗濯物の処置に怒りを覚える。
「な……」
「な?」
「なんだこれわーーーーーーッッッ!!!!!」
「わっ」
思わず発してしまった怒声に魔王がこてんと転がった。
「こんなに服を雑に扱う精神が信じられない……! このワイシャツも既製品だけどしっかりした仕事なのに、洗濯と保管で台無しじゃねえか!」
「やったのはおぬしじゃぞ、おぬし」
「知ってるよ! だから俺自身に腹が立っている……っ」
さっきのさっきまで、全く気にならなかったことが気になって仕方がない。
この惨憺たる有様は仕事に対する冒涜、きちんと扱えばそれなりになるものを安物だからと雑に扱う気概が全く許せない!
「ぐぅっ! こうなれば洗濯からアイロンまで新しくしてイチからやり直しを」
「落ち着け」
いつの間にか立ち上がった魔王にコンッと額を小突かれ、その威力により空中で遠心分離機の如く高速回転した俺はそのまま洗濯物の山に突っ込んだ。
逆さまに刺さった首を引き抜き、思わずそっと首が真っ直ぐくっついているのか確認する。
な、なぜ俺は生きてるんだ……?
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