第6話 魔王はなじむのも早い
魔王から悪戯を受けて起床したのはお昼時だった。寝て回復したばかりなのに、寝起きの運動ですでに疲労を感じている。
お腹がすいた、という理由で起こされたのに、お腹がすくようなことを始めるな! ありがとうございます!
カレーの残りを麺つゆと水で伸ばして冷凍うどんを入れる。カレーうどんでいいだろう。そういえば箸は使えるのだろうか。
割り箸を割ってから並べてやると、魔王は存外器用に食べだした。
「へぇ。フォークとスプーンの文化圏から来たのかと思ってたけど上手く使うじゃないか」
「こんなもの、挟んで掴むだけであろうが。てれびで使っているところも見た」
「言ってしまえばそれだけかもしれんが」
メインで使ってるはずの俺たち日本人でも下手なやつはいるのに。
「これもかれーなのに食べ方が違うんじゃの」
「これはカレーうどんだ。昨日は米をカレーで食ったが、これはうどんをカレーで食べる」
「両方ともかれーなのに、ほんにおぬしらは物事を細かく刻むのが好きじゃなー」
俺に言うな、俺に。
細かくしないと史上初とか謳えないし、的確にそのものを指定できなくなるだろ。
たぶんそういう理由で分かれていったに違いない。
魂の代わりにカレーうどんを啜っていた魔王がふと顔を上げた。
「うっとうしいな」
それから頭のあたりでハエを払うように、箸を振った。カレーが飛び散る。
「うわっ! おい! カレーを飛ばすなよ、シミになったら落ちないんだからな!」
「そうか、すまん」
「誰がシミ落とすと思ってんだ……!」
「おぬし」
「そうだよ! ちくしょう!」
台所から濡れ布巾を持ってきて、ティッシュと併用でラグに付いたカレーを落とす。……いや、カレー以前に体液がこびりついててめっちゃ汚くね?
綺麗にする気も早々に失せた。新しいのを買うことにしよう。
「そういや虫でもいたのか? コバエ湧いてたりしたら最悪だな……」
「ん? ああ、耳障りなゴミムシが妾に干渉しようとしていた。もう気にする必要はないがな」
「どういうことなんだよ……パッと見て飛んでる虫もいないし平気か」
魔王の奇行を気にしていては後が持たない。違う文化圏の生き物なんだから多少は差異だってあるさ。
とにもかくにも、今日の内にいくつかのことをやらなければならない。
なにせ無理やり取った有休は本日のみ。嫌味ったらしい不在着信の履歴が並んでいることを考えれば、さすがに明日は会社に行って頭をペコペコ下げて来なければいけないだろう。そのまま七連勤コースだ。
休みは取らないと消えていくシステムなので、文句を言われるのを甘んじて受ける代わりに休みを取っている。書類上は休んでることになっているのだから、実務上も休んでいいだろう。
それでも法の定めるところより少ないし。
やらなければならないこと、そのいち。
掃除である。
と、考えていたが止めた。どうせまたすぐ汚れる、徒労だろ。
やらなければならないこと、そのに。
買い出し。
これは必須だ。掃除と違って止められない。
食材を買って来なきゃならんし、魔王に着せる服が何にもない。
後で魔王を引き連れて出掛けるとしよう。綺麗めなワイシャツでも着せておくか。
やらなければならないこと、そのさん。
現実逃避していたが、俺に付与された能力について、詳細を把握しておくべきだろう。
……裁縫が今頃上手くなったところでどうしろと。
「先に買い物に行くか」
「どこか行くのか、土産を頼む」
「お前も来るんだよ!」
一日も経っていないのに万年床の主が如き風格の魔王をひっくり返す。
「何をする」
「とりあえずシャワー浴びて……飯と服を買いに行くぞ」
風呂場で使い方を教えている時に思わず気分がはずんでしまって、危うく買い物に行く気力と時間を失うところであった。
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