第4話 ちからがほしいか?
手首にドリル機構を装備した俺にかかれば手のひらなど返し放題、いつまでも居てもらって構いません。
……と目先の欲に従うのは仕方ないとして、それに伴う出費の方は仕方ないでは済まされない。
「なあ」
「ん、どうかしたか」
「カレー食えてたから平気だとは思うが、飯って俺と同じでいいのか? つーか、食べるのか?」
異世界人もアレルギーとか持ってんのかな。
「定期的に魂が食せるならおぬしのような食事は要らんが」
心理的嫌悪感と限りある貯金を秤にかける。
「魂を食べるってどれくらい? 死なない?」
金は魂より重い。多少かじられるくらいなら許容しよう。
「丸ごといけば一月に一つくらい。滓だけ贅沢に味わうなら三十くらいは欲しい。かれーのような食事でかさ増しはできるがの」
「この世界にはカレー以外にもたくさん美味いものがあるから。ぜひ味わってもらいたいな」
金は万単位であるが、命は一つしか持っていない。大事にしたい。かと言って三十人も毎月被害に合わせるワケにもいかないからな……。
エンゲル係数爆上がりの予感に溜め息を吐く。
安月給の身で二人暮らしはキツい。こんな戸籍のなさそうな女では申請したところで各種保障も受けられないだろう。
服も俺が好きなやつでいいとか言っているが、こんな見た目の良い女に着せたい服なんて高価に決まっている。スウェットの上下なんかで妥協しないぞ。
こんな未来が存在するのであれば高収入ホワイトな企業に勤められる努力をしておくべきであった。
「クソッ! 俺に無職を甘やかす力があれば……ッ!」
「なんだ、おぬし、力が欲しいのか?」
「え?」
俺の嘆きに、魔王が応えた。
「すっかり忘れていたが、従者にはシステム的に力を与えられる。さっさと星を育ててほしいからだろうが……。力が欲しいなら、与えようか」
「おおっ!」
魔王から世界の半分ならぬ、力の譲与だ!
一昔前のゲームにちなんでいるだなんてよくできたシステムだぜ。どちらが先なのかは知らんけど。
無職を甘やかせる力ってなんだろう。未来予知とかで株価の変動を読み切るとか?
ワクがムネムネしてきた。
「もらえるものなら何でも欲しい!」
どこかに残っていた子供心が疼くのを感じながらそう言うと、魔王はゴロリと転がって、
「うむ、そこまで言うのなら……人間種じゃなくなる可能性もあるがよかろ」
「えっ、ちょ、待っ」
「ええと……コマンド:【魔王“啜り呑む者”は従者に特別な力を与える】、と」
制止する俺の言葉を聞かず、魔王は額に指を当てながら雑に宣言した。
それと同時に、俺の身体を異変が襲う……襲ってるか、これ?
俺は右手と左手を順に見た。変化なし。
視力や視野。世界が赤くなったり、幽霊が視えたりはしていない。
心臓など。不整な脈が起きたりもしていなかった。
「……何が変わったんだ?」
「分かんない」
このとぼけ顔、殴りてぇ。
「妾が自分の力を分け与えたのではなく、ゲームシステムによる付与だからな。妾にできるのは力の種を蒔くかどうか。どのような花を咲かせるかは土地と肥料の素養次第。妾としても形が変わらなくて一安心じゃ」
「どこを見てる」
「遊戯用の棒。少し大きくなったかの?」
「マジ?」
思わずまたぐらに視線を落とし、
「……って、俺が欲しいのはそういう力じゃねぇから! 本当ならちょっと嬉しいが!」
エンゲル係数を地の底まで叩き落とせるホワイト企業に転職できる力が望ましい。
「妾の要望とおぬしの素養が合わさった、そういう力を授かっているはずだ」
「いや、お前の要望入ってんじゃねぇか!」
「当たり前じゃ。妾の従者なのだから、妾の要望が組み込まれてしかるべきであろう」
「それはそうかもしれん」
雇用条件があるのは当然の話か。……養うのは俺だよな……。
なんとなく釈然としないが、ツッコミの入れ処が多すぎて先に進まないので一旦我慢する。
「お前の要望って何なんだ? 先に言っておくと、あまり大それたことを願われても俺には難しいからな」
一般以下のサラリーマンでしかないので、世界の行く末を決する戦いなどには不適である。
腹もビールで出てきたような気がするし、果てしない運動不足はダッシュ可能距離を十メートルまで下げている。
「なに、大したことではない」
「本当かよ……」
「妾のやるべきこと全てを代行可能な人材を要望した程度じゃ」
「大したことだよォ! それは!!!」
ただの人間に魔王代行を押し付けるのは大罪だろ!?
「さすがに魔王業務はお前がやれよ!」
「イヤだ、めんどう」
「面倒とかじゃないだろうが」
魔王が魔王しなかったら前提が壊れてしまう。
「妾、やらなくてもいいことをあえてやるのは好きだが、やるべきことをやらされるのは嫌いなのじゃ」
「俺もそうだよ! そのせいで道草ばかり食ってる人生だったからな!」
そして望んでもいない会社のサラリーマンとして管を巻いている。
すると魔王はきょとんとして言い放った。
「なんじゃ、おぬしもやるべきことは誰かに押し付けて、やらなくてもいいことばかりやろうではないか」
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